店の、金庫(第二稿)
釣り銭金庫から防盗金庫まで、商いの箱を据える仕事

ネギシオサム(57歳・金庫屋33年)

金庫屋を三十三年やっている。家の金庫は一度据えたら動かさない。店の金庫は、朝に釣り銭が出ていき、夜に売上が入る。一日に何度も開く箱だ。私は中身を聞かない。聞かなくても、店のは扉の手垢の高さで使い方が分かる。家のとは、手の触れ方がちがう。

商店街の鮮魚屋に納めたのは、レジ下の釣り銭金庫だった。濡れた手で、片手で引いて、片手で押し戻す。一日に何百回も開くから、引き出しの滑りが半年で店主の手首にたまる。私は引き出しのローラーに薄く油を差し、台の高さに合わせて遊びを詰めた。店主は試しに片手で十回ばかり引いて、これでいい、と言った。魚の鱗が一枚、引き出しの底に乗っていた。

酒屋の主人は、耐火金庫と防盗金庫を混同して、安いほうを買おうとしていた。耐火は厚いコンクリートで火に強いが、こじ開けには弱い。防盗は鋼鉄で破りに強いが、火には案外もろい。この店は週末に現金がたまる。守るのは火ではなく、人だ。私は等級の表を開いて、破りに耐える時間の欄を指でなぞった。主人は番号を新しくして、防盗のほうにした。

防盗金庫をどこに置くか。私は店内を二度歩く。一度目は客の椅子に座って、通りからレジの奥が見えるかを確かめる。二度目は土間に立って、夜にここまで踏み込む者の手が、どの角でいちばん止まるかを見る。酒屋では、レジの真後ろの柱と壁に挟まれた角に決めた。通りからは冷蔵ケースの陰で見えず、運び出すには柱が邪魔をする。主人には「見えない、けど、出しにくい場所です」とだけ言った。

角が決まれば、床にアンカーを打つ。コンクリートに穴をあけ、ボルトを打ち込み、金庫の底の穴と合わせて締める。一本目で先が鉄筋に当たった。二センチずらして、もう一度あけた。締め終えて、上から体重をかけて揺すってみる。動かない。台車を差し込む隙もない。このボルト四本が、酒屋の週末の売上を、夜のあいだ床につなぎ留める。揺すった手に、固定の手応えだけが残った。

そば屋は三代目に替わったとき、番号を変えにきた。開けてみると、ダイヤルの止まりに迷いがない。先代がずっと同じ番号を使っていた金庫だ。聞けば、初代が店を出した昭和四十年から、五十年あまり、一度も変えていなかった。五十年、ひとつの番号がこの店の夜を守ってきた。新しい番号は三代目が回し、最後のハンドルだけ私が落とした。古い番号の手応えは、私の指から、その日に消えた。

喫茶店をたたむ日には、金庫の引き取りに行った。三十年、毎晩の売上を入れてきた耐火金庫だ。中を確かめてもらい、空にして、台車に載せる。空のはずなのに、見積もりの百八十キロより、両手の付け根に来る重さが増している気がした。気のせいだ。重さは変わらない。シャッターを半分下ろした店の前で、私は台車を押した。誰もいなくなった帳場の、金庫のあった場所だけ、床のタイルが日に焼けずに四角く残っていた。

同じ商店街の、別の角に新しいパン屋が開く。私が運び込んだのは、まだ番号も入れていない真新しい金庫だ。床に養生板を敷いた店内は、まだ糊と塗料の匂いがした。空の金庫は、百八十キロあるのに、台車の上で軽く跳ねる。中に売上も、守るべき五十年も、まだ一日ぶんも入っていないからだ。私は決めた角に据え、アンカーを四本打ち、新しい店主に番号の回し方を渡して、養生をはがした。次は閉店の引き取りか、番号の入れ替えか。商店街のどこかから、また呼ばれる。

← 第一稿
辛口レビュー
← シリーズ目次に戻る

このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。