稚貝の、春
採苗器を海に仕掛けて、秋の耳吊りまでの始まりの季節

ネジメカイ(42歳・ホタテ養殖20年)

春の海は、命のゆりかごだ。雪解けの水が山から下りてきて、湾の中に栄養を運び、目に見えないほど小さなホタテの幼生が、その豊かな海をただよっている。俺たちはその始まりの季節に、海へ網を仕掛ける。育てるのではない。海が育てるのを、待つのだと思う。

採苗器を投入する。中身は、玉ねぎを入れるあの赤いネットの袋だ。あの袋を何枚も重ねて丸め、ロープに数珠つなぎにして、海に沈める。ホタテの幼生は、海をただよう間に何かに付きたがる。その「付きたい」という気持ちに、玉ねぎ袋が応える。春の海に仕掛ける、目に見えない網だ。袋の目の細かさが、ちょうど幼生の足の糸を絡め取る大きさになっている。

夏のはじめ、採苗器を引き上げる。袋の中に、米粒よりも小さい稚貝が、びっしりと付いている。一つの袋に、数千。指でつまもうとすると、潰れてしまうほど薄い。この稚貝を、袋からはずして、ふるいにかける。ふるいの目の大きさで、貝を段階に分ける。小さすぎる貝は、まだ海に返す。ある程度まで育った貝だけを、次の住まいへ移していく。

大事なのは、分散だ。込み合ったまま育てると、貝は育たない。餌が足りず、場所が足りず、互いの殻がぶつかり合って傷む。だから詰め替える。一つの籠に詰めすぎた稚貝を、いくつもの籠に分けて、密度を下げてやる。込み合うと育たない——これは理屈というより、稚貝を見ていれば自然と分かることなのかもしれない。込み合った籠の貝は、どこか元気がないように見える。

稚貝の中間の住まいは、パールネットという籠だ。何段にも積み重なった、丸い網の籠。真珠の養殖から来た名前らしい。この段の中で、数ミリの稚貝が、数センチまで育つのを待つ。秋の耳吊りまでの、仮の住まいだ。段の上のほうと下のほうで、潮の当たり方が違う。育ちの早い遅いが出る。籠を上げて、また分ける。春から夏は、この分けることの繰り返しだと思う。

稚貝には、二通りある。自前で採るものと、買うものだ。天然採苗——さっきの玉ねぎ袋で自分の海から採った稚貝は、ただだが、年によって出来が大きく違う。幼生の多い年もあれば、ほとんど付かない年もある。だから、よその浜から半成貝を買う。買った稚貝は確実だが、金がかかる。自前と購入を、毎年、天秤にかける。出来の悪い年の保険として、いくらか買っておく。淡々と、そういう計算をする。

春の浜は、人が多い。耳吊りの春ほどではないが、稚貝の取り込みと分散の時期は、やはり家族総出だ。母が稚貝をふるいにかけ、季節の手伝いのおばさんたちが籠に詰め、俺が船に積んで沖の養殖場へ運ぶ。浜には、ふるいを揺する音と、籠を重ねる音と、誰かの笑い声がある。海から上がったばかりの稚貝の、潮の匂い。春の浜の風景というのは、こういうものだ。

数ミリだった稚貝が、夏の終わりには数センチになる。パールネットの段の中で、ゆっくりと、けれど確実に育っていく。秋になれば、この貝の耳に穴を開けて、ロープに吊るす。耳吊りだ。そこからが、本当の養殖の一年。けれど、その一年を決めるのは、いま、この春の始まりなのだと思う。始まりの春が、一年を決めるのだ。見えない海の中で、見えない稚貝が、いまも育っている。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

辛口レビュー →
第二稿(改稿版)→
← シリーズ目次に戻る

このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。