時化の、後(第二稿)
海が荒れた数日のあと、施設の傷を確かめにいく朝

ネジメカイ(42歳・ホタテ養殖20年)

時化の三日は、港で過ごす。やることは天気図と波高計を見ることだけだ。等圧線が混んで、湾外の波高が四メートルを越えると、漁協の無線が今日も出るなと繰り返す。出れば施設より先に人が海に持っていかれる。だから出ない。係留した船が、舫いを軋ませて自分も揺れている。その揺れ方で、湾の中までうねりが入っているのが分かる。下の施設が、いまどれだけ動いているか。

四日目、波高計が二メートルを切った。港には、もう何艘も出ている。誰が示し合わせたわけでもない。時化明けの朝は、浜じゅうの船が一斉に沖を目指す。みんな確かめにいくのだ、自分の施設がどうなったかを。まだ暗い海に、出ていく船の灯りが点々と続く。俺もエンジンを掛ける。

養殖場に着いて、まず浮き玉の並びを見る。平時は等間隔で一直線だ。今朝は列の真ん中で、浮き玉が三つ寄り集まって団子になっていた。下で幹綱が絡んでいる。手鉤を掛けて引くと、切れてはいない。重い。隣の列の幹綱が、潮にもまれてこちらに巻き付いていた。海の中は見えない。水面の浮き玉の乱れが、下の異変を書き出してくる。父に教わった通りだ。

絡んだ二本の幹綱を、船の上から手鉤で手繰る。どちらが上か下かを見極めて、よりを一回ずつ戻していく。海はまだうねっている。船が揺れて、ほどきかけた綱がまた絡む。焦って引けば切る。切れば一年が海底に散らばる。揺れが綱を戻すたびに、こちらは逆へ一回戻す。船の揺れと、俺の手の、回数の競り合いだ。半日かけて、二本を別々にする。

籠を上げる。時化に揉まれた籠は泥をかぶって、ぬめった重さで戻ってくる。中の貝は生きている。が、空いたテグスが目につく。揺れで振り落とされた貝は、海底に転がって、もう戻らない。一本のロープに何枚吊るしてあるかは頭に入っている。残った貝と空いたテグスを数えて、平年の吊り数から引く。この一本で二割、隣で三割。引き算をロープの数だけ繰り返して、海底に散った今年の何割かを、見えないまま積み上げる。

境界のあたりで、俺の幹綱と隣の浜の幹綱が、時化でひとつにもつれていた。隣の船も、同じ場所に来ていた。どちらの綱がどちらか、もう分からない。隣が「そっち持って」と手鉤を上げる。俺は片側を取って、向こうが反対側を取る。半分ずつ、ほどく。揉めない。来年は俺の綱が向こうに巻きつくかもしれない。それだけのことだ。

傷を確かめ終えて、港へ戻る。切れたロープは継ぎ、痩せた列には浮きを足す。結びを増やして、巻き付きやすい境界の幹綱は間隔を空け直す。次の時化までに、できるところまで補強する。海中に手を入れて、また沈める。係留した船が、もう軋まない。湾の中は、凪いでいる。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。