ニノヘアオイ(54歳・昆布問屋32年)
蔵で寝かせる昆布は、夏のあいだに買っておく。組合の入札の暦は浜ごとに違う。羅臼が先、利尻、日高と続く。私は手帳に各浜の入札日を書き写し、宿と汽車を逆算して旅程を組む。去年は羅臼の入札に間に合わせるため、前夜の船を一本早めた。一つの浜で買い損ねれば、次の浜まで日が空く。夏の二、三週間に、一年分が集まっている。
入札の前に下見がある。組合の倉に積まれた俵を、買い手が開けて検品する。倉は風がなく、夏でも昆布の匂いが立ちこめて暑い。私は俵の縄を解く。縄の締まりが甘い俵は、運送で潮を吸っている。葉を一枚抜いて幅を見、色を見る。横では同業が別の俵を開けていて、向こうが先に良い山を見つければ、その気配が縄を解く手の速さに出る。
下見をしながら、頭の中で上限を組む。料亭に卸す値から逆算し、寝かせる年月の費用を引く。今年の羅臼の上は、一等で一枚あたりここまで、と一線を引く。その数字を、私は紙に書かない。書くと、書いた数字に釣られて、もう一声出してしまうからだ。胸の中だけに置いて、忘れないように、何度も唱える。
入札の場は、同業との読み合いだ。あの問屋が来ているなら、この浜は競る。札を入れる手は静かだが、欲しい浜では、決めた一線の先に、つい一声が出かかる。去年の白口浜がそうだった。引いた線の上に、あと五十円。手は半分動いていた。動かさなかった。札は他所が取った。帰りの汽車で、取らなくてよかったのか、何度も計算し直した。答えは出なかった。
浜の人との付き合いも、この季節の仕事だ。番屋に寄ると、主が茶を出してくれる。今年の海を聞く。去年は「流氷が遅くて、根が起きるのも遅れた」と言った。今年は「磯が獲れすぎて、安い昆布が出回る」と笑った。世間話の顔をしているが、出来も値崩れも、その一言に入っている。長い付き合いの分だけ、彼らは値段に響くことを、先に教えてくれる。
不漁の年は、買わない。痩せた昆布に平年の倍の値が付く年がある。そういう年は、蔵の在庫と来年以降の相場を天秤にかける。今年買わずに古い在庫で凌ぐか、高くても今年の分を確保するか。天秤の傾きを読み損なうと、二年後に響く。買わずに帰った年の夜が、いちばん長い。
落札した昆布は、蔵まで送り出す。潮風に当てず、湿気を吸わせず、汽車と船を乗り継ぐ。送り状を書き、運送屋に縄の締め直しを念押しする。蔵に着いて、開けて、もう一度確かめるまでは、まだ私の昆布になりきっていない。
夏に買った俵の答えは、秋の蔵で出る。先日、今年の羅臼を一束開けた。下見で読んだとおり、肉が締まって、磯の奥に芯があった。白口浜は取れなかった。あの五十円の先に何があったのかは、ついに分からないままだ。手帳には、来年の羅臼の入札日が、もう書いてある。