ニシオカハルカ(29歳・保育士7年)
連絡帳は三行しか書けない。今日この子が何を食べて、どこで転んで、何に笑ったか。その日の全部を三行に圧縮して、お迎えの保護者に渡す。最初の一年、私はこの三行が苦手だった。書きたいことは山ほどあるのに、いざ書こうとすると手が止まる。何を残して何を捨てるか、決められなかったのだと思う。
2020年、保育士になって最初の春だった。その年は世の中がいろいろあって、行事は減り、保護者は門の外でお迎えをして、私たちは一日に何度も検温表に数字を書き込んでいた。受け持ちは三歳児クラス。延長保育の当番が、新人の私によく回ってきた。
延長保育は、夕方になるにつれて子どもが一人、また一人と減っていく時間だ。インターホンが鳴る。名簿に時刻を書く。靴箱から靴を出して履かせる。「さようなら」。その繰り返しで、保育室はだんだん静かになる。夕焼けが園庭をオレンジに染めて、三輪車の影が長く伸びていくのを、私は窓ごしに見ていたように思う。
その日、最後まで残ったのは、Rくんという男の子だった。お母さんの仕事の都合で、いつも遅くまでいる子だった。他の子の靴が一足ずつ消えていく靴箱の前に、Rくんは立っていた。名前シールの貼られた小さな扉が、横一列に並んでいる。Rくんはその靴箱を、じっと見ていた。
「せんせい、あと、みっつ」。Rくんが言った。何のことか、最初はわからなかった。聞き返すと、Rくんは靴箱を指さした。まだ靴が入っている扉が、三つ。つまり、まだ帰っていない子が、自分を入れて三人。Rくんは、靴の数で、残っている人数を数えていたのだった。
インターホンが鳴って、また一人帰っていった。「あと、ふたつ」。Rくんは言い直した。寂しいとも、早く帰りたいとも言わなかった。ただ、減っていく靴を数えていた。最後の一人になることを、この子は悲しむより先に、観察していた。子どもというのは、大人が思うより冷静に世界を見ているのかもしれない。
「あと、ひとつ」。靴箱に残った靴は、Rくんの分だけになった。私は何か声をかけようとした。寂しくない? とか、もうすぐお母さん来るよ、とか。でも、Rくんの顔は寂しそうではなかった。数えることに集中している、研究者のような顔だった。私は声を飲み込んで、ただとなりに立っていた。
やがてインターホンが鳴り、お母さんが来た。その瞬間、Rくんの切り替わりの速さに、私は驚いた。靴箱の前から、ぱっと走り出していった。さっきまでの観察者の顔は、もうどこにもなかった。泣くでも、はしゃぐでもなく、ただ日常に戻っただけ。「さようなら」を言う間もなかった。
あれから七年、私は子どもが世界を数える方法を見る人になった。連絡帳の三行は、今では迷わず書ける。何を残して何を捨てるか。あの「あと、みっつ」が、私をいまの私にしてくれたのだと思う。今日も夕方の園庭で、誰かが何かを数えている。私はそれを、そっと観察している。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。