ニシオカハルカ(29歳・保育士7年)
子ども一人の一日を保護者に伝える欄は、三行ぶんしかない。十時間あずかって、書けるのは三行。何を書いて、何を書かないか。書かないほうを決めるのが、たいてい難しい。
連絡帳には様式がある。上に睡眠・食事・排泄のチェック欄。お昼寝は13時05分から14時40分、給食は完食かひと口残し、おむつは午前二回・午後一回。下に、家庭の欄と園の欄が向かい合っている。私が三行を書くのは、園の欄だ。チェック欄は「眠った/眠らない」で書く。三行も、本当はそう書きたい。
「給食を完食しました」。これは安全な一行だ。事実で、明るくて、角が立たない。完食の日、私はこれを丸い字で書く。書く手がいちばん速いのが、この一行だ。
難しいのは「ブロックを貸せませんでした」のような一行だ。事実だけ置くと、保護者はその日ずっと気にする。だから回復まで畳む。長くは書かない。「貸すのに少し時間。最後は半分どうぞ、と」。三行の制約は、短くすることで角を取れと言ってくる。
家庭の欄を読むのも仕事だ。ある家は、返信の字が丸い日と角ばった日で違う。交代で書いている。角ばった字の日は、連絡が一行だけ短い。空欄の続く家が一つあって、三月の最後の登園日に、初めて「一年間ありがとうございました」とだけ書かれていた。いつも欄からはみ出す家は、毎朝「今日もよろしくお願いします」で始まる。
ケガをした日は、別の様式がある。いつ、どこで、どう転んで、どう処置したか。枠を埋める。送迎で口でも渡す。「お昼寝のあと、寝ぼけて棚の角に。冷やして、もう泣いていません」。様式は記録に残り、口の言葉はその場で消える。残すものと消すものを、私は一日に何度か分けている。
三行を書きながら、いつも見えているものがある。書けるのは三行でも、この子がここにいたのは十時間だ。眠る前にとなりの子の髪をさわっていたこと。砂場で同じ穴を三十分掘っていたこと。三行に入らなかった、七時間五十七分。
年度末、一年ぶんを一冊にして返す。四月の薄い字が、三月には親指の入らない厚さになっている。保護者はそれを両手で受け取る。私はもう、その厚みに何を書いたかは覚えていない。書かなかったほうを、覚えている。