湯の、色
鋳込み一年目、温度計より先に色を見ろと言われた日

ヌカガタモツ(52歳・鋳物工場の鋳込み30年)

溶けた鉄のことを、この仕事では「湯」と呼ぶ。千四百度の鉄を、湯、と呼ぶ。最初は妙な言い方だと思ったが、三十年呼んでいるうちに、これ以外の呼び方は考えられなくなった。火と男のロマン、などと言う人がいるが、現場にロマンはない。あるのは、注ぐ前と注いだ後しかない、ということだけだ。

一九九六年、二十二歳の春に、この町の工場に入った。鋳物の町だった。どこの家の誰かが必ず鋳物に関わっていて、夕方になると、あちこちの工場から砂と鉄の匂いが流れてきた。私はその匂いの中で育ち、その匂いの中で働くことになった。運命のようなものだったのかもしれない。

鋳物は、砂で型を作ることから始まる。木型を砂に押しつけ、砂を固め、木型を抜く。抜いたあとの空洞が、製品の形になる。これを造型という。砂は握ると崩れない程度に湿っていて、それでいて湯を注げば一瞬で乾く。砂の加減一つで、その日の出来が決まると、親方はよく言っていた。

溶解は炉の仕事だ。鉄の屑を炉に入れ、コークスを焚き、風を送って溶かす。炉の前は地獄のような暑さで、夏場は塩飴を舐めながら、水を何リットルも飲んだ。それでも汗が止まらなかった。炉の前に立つ男たちは、みな一様に無口で、ただ炎を見ていた。彼らの背中には、職人の誇りのようなものがにじんでいた。

入って間もない頃、親方に言われたことがある。鋳込みの前、取鍋に湯を移すときだった。私は壁の温度計を見ていた。すると親方が、「温度計より先に色を見ろ」と言った。「湯の色と流れ方で、今日の湯の機嫌が分かる」。機嫌、という言葉が、最初はよく分からなかった。

湯の色は、赤ではない。よく溶けた湯は、白に近い橙をしている。温度が高いほど白に寄り、低いと赤みが差す。取鍋を傾けたとき、湯の表面から散る火花の散り方でも、温度の見当がつく。親方はそれを、温度計を見ずに、目だけで測っていた。千四百度を、目で。私は親方の目が、別の生き物のように思えた。

鋳込みには呼吸がある。湯口に湯を注ぐ速さだ。速すぎれば砂を巻き込み、遅すぎれば湯が型の隅まで回らない。どちらも巣の原因になる。巣というのは、鋳物の中にできる空洞のことで、外からは見えない。注いでいる間、私は型の中で何が起きているか、見ることができなかった。ただ、湯口から上がってくる気配だけを、頼りにしていたのだと思う。

注ぎ終えて、湯が冷めて固まるまで、結果は分からない。型ばらしといって、固まった砂を崩すと、中から鋳物が現れる。砂を払い、研磨し、検査して、初めて巣の有無が分かる。注いだ瞬間の手応えと、答え合わせの間には、いつも長い時間があった。冷めるまで、誰にも中は見えない。それが、この仕事だった。

あれから三十年、私はずっと湯の色を見てきた。温度計は今でもあるが、私はまず色を見る。白に近い橙か、赤みが差していないか。親方はもういないが、あの日の言葉だけは、手と目に残っている。湯の色を見ることを覚えたあの日が、俺をいまの俺にしてくれたのだと思う。今日も炉の前で、私は湯の機嫌をうかがっている。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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