炉前の、夏
千四百度と猛暑、二つの熱に挟まれる季節

ヌカガタモツ(52歳・鋳物工場の鋳込み30年)

夏の鋳物工場は、二つの熱に挟まれている。一つは炉の中の千四百度の湯。もう一つは、屋根の下にこもる夏の暑さだ。外がうだるような猛暑の日でも、私たちは灼熱と闘う男たちであり続ける。湯は季節を選んではくれない。夏も冬も、炉の前で同じ温度の鉄を相手にしている。

夏の炉前の装備は、ほとんど鎧のようだ。防熱の前掛けを胸から腿まで垂らし、顔には透明なシールドを下ろす。湯の輻射熱が肌を焼くから、暑くても外せない。前掛けの内側では、汗が川のように流れる。腕を伝い、長靴の中まで落ちていく。装備が私たちを守り、その同じ装備が、私たちを蒸し上げているのかもしれない。

だから夏は、水と塩の管理が仕事の半分になる。休憩所の棚には、大きな塩飴の箱が置いてある。誰でも好きに舐めていい。班長は時計を見て、四十分に一度は炉前から人を抜く。喉が渇いてからでは遅い、というのが昔からの鉄則だ。倒れないこと。それも立派な仕事のうちなのだと思う。

夏のあいだ、工場は段取りそのものを変える。鋳込みを、できるだけ朝の早い時間に寄せるのだ。日の高い昼の炉前は、いちばん過酷になる。だから七時には炉に火を入れ、午前のうちに大物を注ぎ終える。午後は型ばらしや仕上げのような、炉から離れた仕事に回す。これは誰が決めたわけでもなく、長年の工場の知恵として、自然に受け継がれてきたものだ。

夏に入りたての若手を、班長はよく見ている。顔色だ。赤いうちはまだいい。白っぽくなって、汗が引いてきたら危ない。声をかけ、日陰の休憩所に座らせ、塩飴と水を渡す。若い者ほど無理をしたがる。先輩より早く根を上げるのが恥ずかしいのだろう。けれど夏の炉前では、無理は美徳ではない。倒れたら、その分だけみんなの手が止まる。

私が入った三十年前は、今とはずいぶん違った。水を飲むのは軟弱だと言われ、汗をかくのが仕事だと教えられた。塩飴の箱もなく、休憩の時間も決まっていなかった。倒れる者もいた。今は管理が行き届き、誰も倒れない。どちらがいいかは、言うまでもない。昔の根性論を、私は懐かしいとは思わない。ただ、変わったのだな、と思うだけだ。

夏の夕方、午後の仕事が一段落すると、工場の大扉を開ける。日が傾いて、外の気温が下がりはじめる時刻だ。三十五度の外気が、炉前にいた身体には、ひやりと涼しく感じられる。風が土間を吹き抜けていく。温度の感覚というのは、いいかげんなものだ。三十五度を涼しいと感じる身体を、私はこの仕事で手に入れた。

夏の炉前で、いちばん大事なのは、湯の出来でも、注ぎの速さでもないのかもしれない。倒れずに、明日もまた炉の前に立つことだ。倒れないことが、夏の鋳込みでは仕事なのだ。塩飴を舐め、水を飲み、班長の采配に従って、私たちは二つの熱のあいだを、今日も生き延びている。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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