分析の、瓶(第二稿)
十年に一度の、湯の身体検査

ヌクイサヤカ(38歳・温泉の湯守18年)

山に湧く湯を、いくつかの宿まで届ける仕事をしている。源泉の温度と湧出量を測り、引湯管を見回り、決まった量を各宿に割り振る。湯守とは、そういう仕事だ。温泉法は、その湯に十年ごとの成分分析を義務づけている。脱衣所に貼ってある分析書には、有効期限がある。

前回の分析は二〇一六年。十年が来る前に、分析機関へ依頼する。湯の身体検査だ。脱衣所の額の右下に、小さく検査日が刷ってある。その日付から十年。期限が切れれば、書いてある「ナトリウム-塩化物泉」という名前も、適応症の欄も、根拠を失う。地面から湧くものに人の決めた十年があるのを、はじめは奇妙に思った。いまは、測る側の理屈として受け取っている。

採水の朝、機関の人が保冷箱を提げて源泉まで来た。瓶は五本。広口が一本、細口が二本、褐色の遮光瓶が二本。褐色の瓶には、採る前から薬剤が入っている。硫化物を固定する液だと教わった。湯に触れた途端に逃げてしまう成分を、その場で薬で止めるのだという。採ったらすぐ栓をして、保冷箱へ伏せて入れる。湯はタンクの、いちばん新しい湯が出る口から採る。立ち会いは、そこの口を私が開ける役だ。

瓶の中の湯は、運ぶうちに湯気を立てなくなる。九十二度だったものが、ただの透明な水に見える。けれど褐色の瓶の中では、栓をした後も、薬剤が成分を掴まえ続けている。見た目は止まっていて、中身は止まっていない。その不気味さを、保冷箱の蓋を閉める音で覚えた。結果が戻るまで、ひと月。

気にしていたのは、泉質の名前だ。「ナトリウム-塩化物泉」と名乗れるのは、陰イオンの中で塩化物イオンが一定の割合を超えている間だけ。地下では成分が少しずつ動く。前回、塩化物の比率は境目をだいぶ上回っていたから、一度で名前が変わる心配はない。それでも、十年で里へ近づいた値が一つでもあれば、知っておきたかった。名前は、宿の暖簾より先に、地下が決める。

分析書が届いた日、脱衣所の額を開けた。ガラスの内側に、十年分の湯気が薄く曇りになってこびりついている。古い分析書を抜くと、紙の裏に鉛筆の字があった。前回の検査日と、父のものらしい数字の走り書き。十年前、父もこの額を開け、同じことを裏に書いている。私はその下に、今日の日付を鉛筆で書き足した。

新旧の二枚を、流しの縁に並べた。ナトリウムイオンは一二八〇ミリグラムから一三一〇へ。塩化物イオンは二〇一〇から二〇五〇へ。カルシウムは八八のまま、ほぼ動いていない。陽イオンの首位はナトリウムで変わらず、塩化物の比率も境目から遠いまま。泉質名は据え置きだった。十年で、地下はナトリウムを毎リットル三十ミリグラムだけ増やしていた。多いのか少ないのか、私には判じられない。判じられないことを、数字のまま額に納めた。

宿の暖簾には「美肌の湯」と染め抜いてある。湯あたりがやわらかいのは本当だ。分析書には、美肌とも、効くとも書いていない。あるのは成分名と、ミリグラムの数字と、適応症の欄の慎重な言い回しだけだ。観光の言葉と、分析書の数字とのあいだの距離は、埋めない。湯守は、数字の側に立っていればいい。

新しい分析書をかけ直し、額のガラスを布で拭いた。曇りは内側だから、外を拭いても薄くしか取れない。明日からまた、枡が満ちる秒数を数える。一三一〇という数字を、私はもう一度、紙の裏の鉛筆で確かめた。次に額を開ける者が、その下に何を書き足すかは、その者が決める。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。