ヌマジリケイタ(44歳・ダムの管理員19年)
ダムの管理員になって十九年。仕事を一言で言えば、水位の管理だ。山に降った雨が湖に流れ込む量と、ゲートから流す量。その差が湖面の高さになる。流入と放流、足し算と引き算で、毎日その差を読む。
湖の岸には、満水位の線が引かれている。普段の水面はその下にあって、岸壁には水が引いたあとの白い汚れが、輪のように残っている。風呂の縁につく跡と同じだ。私はその白い線と、いまの水面の幅を見て、あとどれだけ受けられるかを目で測る。数字は計器が出すが、余地は目で見える。
二〇〇七年、二十五歳でこの事務所に配属された。最初に座らされたのが、ゲートの操作卓だった。何番のゲートを何センチ開ければ毎秒何トン、と表になっている。放流量を変えるたびに、足の裏に低い振動が伝わってくる。卓のボタンには番号のテプラが貼ってあって、一番よく使う放流ゲートの分だけ、角が手で擦れて色が抜けていた。
放流の前にはサイレンを鳴らし、車で河川敷を巡視する。水が来ることを、下流にいる人に知らせるためだ。釣り人に声をかけて上がってもらう。配属の夏に出会った一人は、竿を畳む手がやけに遅かった。聞けば、その朝はまだ一匹も釣れていないと言った。私はサイレンの鳴る時刻を伝えて、それまでに上がってくださいと言った。彼は、あと二十分、と言った。
その夏、大きな台風が来た。先輩は雨も降らないうちからゲートを開ける準備を始めた。水位はまだ低い。溜める時季ではないのかと訊くと、先輩は卓に向かったまま言った。「ダムは雨が降ってから動くんじゃない。雨が降る前に空けておくんだ。予報官より先に空を読め」。空けた分だけ、本番の雨が入る。私はそれ以上の説明を聞かなかったし、いらなかった。
その日、先輩は窓の外を見て「上で降り出したな」と言った。私には同じ水面に見えた。よく見ると、湖の奥のほうに薄く濁りが差していた。上流で雨が降ると、土を含んだ水が色になって先に届く。計器の数字が動くより早く、水の色が来る。先輩は岸の白い線と、奥の濁りと、卓の数字を、いっぺんに見ていた。私はまだ、数字しか見えていなかった。
堤体の中の監査廊は、夏でもひやりと冷たい。外の暑さがそこで切れる。台風の夜、開いたゲートから水が落ち、白い水煙が立った。翌朝、放流量はその夏いちばんの数字になっていて、水煙の中に小さな虹がかかっていた。あれだけ出したのだ、と私は思った。虹は、それだけの水を流したという目盛りだった。
台風が過ぎても、下流の町からは何も連絡がなかった。水害がなかったからだ。ダムがいちばん働いた日に、町はいちばん静かだった。あの朝の釣り人が、二十分後にちゃんと上がっていたかどうかも、私は知らない。山の上で計器を読みながら、知らないままでいることが、たぶんこの仕事だ。