ヌノカワサヤ(36歳・帆布鞄職人14年)
朝いちばんの仕事は、一反を裁台に広げて文鎮で押さえることだ。巻き癖が戻ろうとして布の端が浮く。冷たい文鎮を四隅に置き、手のひらで皺を端へ送る。布が平らに死んだら、ようやく型紙が置ける。縫う仕事が鞄を作るのだと、二十二で工房に入った私は思っていた。違った。鞄の半分は、針を持つ前のこの裁台で決まる。
裁台の壁に、厚紙の型紙が用途別に掛かっている。トートの本体、底、持ち手、当て革。何度も布の上をなぞられて、縁は擦り減り、角は丸い。新しく起こしたときは紙の角が鋭く、鉛筆が一本きりの線で通った。いまは縁が毛羽立って、線が二本に割れて引ける。線が割れ始めたら作り直しだ。割れた型で取った本体は、縁が一ミリ太って、二枚合わせたとき左右が揃わない。擦り減った縁は、私がその鞄を何枚作ってきたかの目盛りでもある。
帆布には布目がある。経糸の向きは引いても伸びず、緯糸の向きはわずかに伸びる。持ち手は経で取る。肩に提げて毎日引かれる場所だからだ。一度、緯で取った持ち手の鞄を客に渡したことがある。半年で持ち手が二センチ伸びて、口がだらしなく間延びした。作り直して詫びた。型紙を布に置く前に、私はまず指で経の向きを確かめる。どの向きで取るかで、その鞄が十年もつか半年でだれるかが分かれる。
取り都合がいちばん難しい。反の幅は百十二センチ。本体は一枚四十二センチで、二枚並べると残りは二十八センチ。底の帯はそこへ寝かせて入る。問題は持ち手だ。経で取らねばならないから、布の長さの向きにしか置けない。残った細い帯に二本を縦に並べると、当て革を抜く場所が消える。私は本体の間の二センチの隙間に当て革を散らし、持ち手を反の端へ寄せる。布目の縛りと無駄を減らす欲が、百十二センチの幅の上でぶつかる。それを解くのが裁断だ。
直線の長い断ちは回転裁断機、丸い角や細かい抜きは裁ち鋏。六号八号の厚物を回転刃で真っ直ぐ切るには、刃を布に垂直に立て、一定の速さで押す。速さが揺れると断面が波打つ。最初の二年、私は真っ直ぐが出せなかった。押す手が途中で速くなり、本体の長辺が緩く弓なりに反った。反らせた本体は捨てずに、端切れと一緒にしてポーチに回した。いまは音でわかる。刃が布を割く音が低く一定なら、断面はまっすぐだ。
同じ生地番号でも、染めロットで色が違う。並べると片方がわずかに青く、片方がわずかに赤い。一つの鞄は必ず同じロットから取る。本体と底で別ロットを使った鞄を、昔一度だけ納めた。客は理由を言えないまま「なんとなく安っぽい」と言って返してきた。面と面で色が割れていたのだ。それからは、反の頭に貼られたロット番号を裁つ前に必ず控える。
並べ終えても、布の端には細い余りが残る。捨てない。手のひらほどの端切れはポーチに、細い帯はペンケースの本体に化ける。鞄を一つ裁つと、端切れから小物が二つ三つ生まれる。並べ方が下手だと端切れの山が高くなり、上手だと低くなる。けれど低すぎる山からは小物が生まれない。私はいつも、ポーチ一つ分の余りをわざと残す幅で並べる。
すべて裁ち終えると、裁台に布の山ができる。本体が二枚、底が一枚、持ち手が二本、当て革が四枚。一針も縫っていないのに、山はもう鞄の形をして見える。私はその山を持ち上げ、経の向きをもう一度指で確かめてから、ミシンへ運ぶ。半分は、もう縫ってある。