ソノダマリ(マンションポエム国際比較調査員)
定期健康診断、五月の朝。受付から「採血、身長、体重、血圧、視力、心電図、医師面談」の順で回された。血圧測定室の前で、私の前に三人が並んでいた。三人とも別の看護師に対応されていた。私は彼女たちの「血圧、ちょっと低めですね」を、三回聞いた。同じ言葉だった。三回とも、語尾の温度が違った。
一人目の看護師、四十代、髪を後ろで一つに結んでいる。「ちょっと低めですね」の「ね」が、ほぼ平らだった。確認の語尾。事務的。患者の四十代の男性は、それを受けて「あ、はい」と返した。彼は何も聞かれていないと判断したらしい。立ち上がって次に向かった。
二人目、二十代後半の看護師。「ちょっと低めですね」の「ね」が、最後の方で少し上がった。心配を含む語尾。患者の三十代の女性が「あ、最近、寝不足で」と説明し始めた。看護師は「お疲れですね、無理しないで」と返した。寝不足の自白は、語尾の小さな上がりが引き出した。
三人目、五十代後半、声が低い看護師。「ちょっと低めですね」の「ね」が、語尾の前で一度くぐもった。慎重さを含む語尾。患者の二十代の男性は、何も答えず、看護師の次の言葉を待った。看護師は「水分、多めに摂ってください」と続けた。患者は「分かりました」と頷いた。「ちょっと低め」が、ここでは「念のための注意」になっていた。
私の番が来た。一人目の看護師、平らな「ね」の人だった。腕を測定器に通す。数字が出る。上98、下62。「ちょっと低めですね」と彼女が言った。語尾は平らだった。私は「はい」とだけ答えた。次に行くべきだ、と分かった。
受付に戻る廊下で、私は「ちょっと低めですね」を三回、口の中で繰り返してみた。同じ語尾を、三回違う温度で言うのは、私には難しい。看護師の三人はそれを一日に何度もやっている。「ちょっと」と「ですね」のあいだに、三つの含意が同居する。心配、放置、その中間。患者は、看護師の語尾を聞き分けて、自分の側の応答を決めている。
夕方、駅前の薬局で、ペットボトルの水を二本買った。「念のために」というほどではなかったが、買ってしまった。私は、五十代後半の看護師の語尾を、たぶん少し記憶していた。