新聞受けが、いっぱいの家(第二稿)
配達三年目、町の観察者になった朝

オキタマサシ(48歳・新聞配達員26年)

毎朝三時、販売店の床に座って折込を挟む。チラシは指で数えず、束の厚みで二十部か三十部かがわかる。挟み終えた朝刊を順路帳の順にカブの前カゴへ積み、町を一周する。雨ならビニールを掛ける。掛けた朝は手が湿るから、その日は覚えている。

差し方は家ごとに違う。あの家は蓋のバネが強くて、急ぐと指を挟む。塀の上の木の受けは、輪ゴムの結び目を上にして置かないと風で開く。二十六年やると、考える前に手が向きを決める。配達員は、文字ではなく、向きと深さで町を覚えている。

二〇〇三年、三年目の秋。順路の三十二軒目、開放型の鉄の受けの家だ。蓋がないから、中が外から見える。その朝、前日に私が差した朝刊が、輪ゴムを巻いたまま、私が置いた向きのまま残っていた。取り込まれていない。旅行か、寝坊か。私はその上に重ねて差した。受けが、少し膨らんだ。

翌朝、同じ受けに二部。私が重ねた向きのまま、動いていない。蓋がないぶん、膨らみは正面から見えた。出された新聞は風景になるが、出されない新聞は目に刺さる。三日目、三部目を差そうとして、差せなかった。差せば、いちばん上の一部が縁からこぼれる。私はこぼさない差し方を知っている。だからこそ、こぼれそうだとわかった。

順路を最後まで回ってから店に戻り、所長に言った。「三十二番、三日溜まりです」。所長は順路帳の止め欄を指でたどった。長期不在の止め連絡があれば、そこに鉛筆で書いてある。何も書いていなかった。所長は受話器を取り、民生委員の番号を回した。私は翌朝の折込のために、店に残っていたチラシを数え始めた。

男性は廊下で動けなくなっていて、運ばれて、助かった。それだけだ。私は鍵を開けたわけでも、抱え起こしたわけでもない。私がしたのは、蓋のない受けの膨らみを三度見て、所長に番地を言ったことだけだ。気づいたのは私ではなく、向きの変わらない三部だった。私は、それが見える場所に毎朝いる、というだけの人間だ。

あの順路は、二十六年で薄くなった。三十二番の家は数年前に「解約」になり、理由欄には「施設入所のため」と書かれていた。隣も、その隣も、止め連絡が増えた。私が一周で差す部数は、三年目の半分以下になった。減った数だけ、新聞受けは空のままになる。空になった受けは、もう膨らまない。膨らまない受けは、何も教えてくれない。

今朝も三時に折込を挟んだ。束の厚みで、二十部だとわかる。三年目には三十部あった。私はカブで、薄くなった順路を回る。蓋のない受けの前では、いまでも一度、中を見る。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。