無縁の、公告
立て札を立てる朝の、判で押したような事務のこと

オリベシズカ(55歳・市営霊園の管理事務30年)

市営霊園の管理事務所で三十年働いている。墓を建てるのも、参るのも、私の仕事ではない。私は番号を振り、名義を記録し、使用料の納付を待ち、納められなければ督促を出す側の人間だ。督促を三度出してなお連絡がつかない区画には、最後にもう一枚、紙を立てる。公告という。

公告の文面は、墓地埋葬法の施行規則に沿った定型だ。所在、区画番号、使用者の氏名、そして「縁故者は本公告掲載の日から一年以内に申し出よ」という一文。役所の倉庫にひな型があり、私はそこへ日付と番号を打ち込むだけでいい。一年に立てる枚数は、多い年で五、六枚。文面は毎年同じで、変わるのは日付だけだ。窓の外には冷たい雨が降っていて、私は判で押すように、その日付を打ち込む。

立て札は、改葬予定の区画の前に挿す。木の杭に貼った紙を、ラミネートで包んでから挿す。雨で字が滲まないように、というだけの理由だ。同じ文面の紙を、官報にも載せる。官報の掲載は委託の事業者が代行してくれるので、私は番号の控えを受け取るだけだ。立て札と官報、その二つで一年間、周知したことになる。手続きとしては、それで足りる。

公告を立てると、電話が鳴ることがある。立てた翌週だったり、半年後だったりする。「気づかなくて」と、たいていそう言う。引っ越しのたびに督促が宛先不明で戻っていた区画の、その人の声だ。私は督促の履歴を画面に出す。三度の発送日と、三度とも「あて所に尋ねあたりません」の付箋で戻ってきた日付が、きれいに並んでいる。記録は、その人を待っていなかったわけではないのだ。ただ、紙が宛先を見つけられなかっただけで。

けれど、最後まで誰も現れない区画のほうが多い。一年が過ぎる。私は掲載の日から数えて、確かに三百六十五日が経ったことを台帳で確かめる。改葬の手続きに入る。書類は、改葬許可申請、無縁改葬の届出、合葬墓への受入名簿への追記。判を押す欄が、全部で十一か所ある。私はその十一か所に、順に判を押していく。

改葬の日、石材店が来る。墓石を起こすとき、独特の音がする。重い石が、長く据わっていた台座から離れる、低い、含んだような音だ。その音を聞くと、私はいつも胸が締めつけられる。三十年聞いても、慣れない音だった。石の下から出てくる骨壷を、職人が両手で受け、桐の箱に移す。私は名簿と照合して、間違いのないことを確かめる。それが私の仕事だ。

台帳の上では、私たちは「無縁」という言葉を使う。無縁改葬、無縁区画、無縁納骨。書類の名前がそうなのだから、書くしかない。けれど口に出しては、誰もその言葉を使わない。電話の相手にも、石材店にも、合葬墓へ移す当の人にも。「あちらへお移しします」とだけ言う。三十年、それが事務所の作法だった。

合葬墓は、霊園のいちばん奥にある。大きな御影石の納骨堂で、誰の名前も刻まれていない。不思議なことに、その前の花立てにだけは、年中、花がある。彼岸でも盆でもない平日の朝に、私が見回ると、もう新しい菊が一本挿してある。誰が、とは台帳に書きようがない。名義のない墓に、名義のない花だ。きっと、誰かが誰かのために置いていくのだろう。無縁とは、縁がないことではなく、縁が記録されなかったことなのだと、私はいまでは思う。

今朝も、合葬墓の花立てに花があった。昨日はなかった白菊が、一本。私は督促の履歴も、公告の控えも開かずに、ただその一本を数えた。私は三十年、記録に残らないものばかりを横目で見てきた人間だ。あの石の音が、私をいまの私にしてくれたのだと思う。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。