オリハシツムギ(28歳・機屋の織り手9年)
力織機の工場に入ると、まず音に殴られる。何十台もの織機が経糸を打ち込む音で、隣の人の声も聞こえない。2017年の春、十九歳でこの産地の機屋に入ったとき、その轟音は一枚の壁だった。面接で工場長はこう言った。「ここの仕事は布を織ることじゃない。布が織れているかを見張ることだ」。機械が織るなら人は何をするのか、まだ分からなかった。
配属の日、先輩に言われた。「音を聞くな。音の変化を聞け。一台だけ音が変わったら、そこで何かが起きてる」。轟音は止まらない。けれど、いつも同じであることに値打ちがあるのだと先輩は言った。同じ音の壁の、どこか一か所が狂う。それを聞き当てる耳が、ここの仕事だった。
力織機は、経糸が一本切れるとドロッパーという薄い金属片が落ちて、機械を止める。だから糸切れそのものは機械が止める。耳が要るのは、止まらない不調のほうだ。緯糸の通りが甘くなったとき、打ち込みの「タン、タン」という拍の頭に、湿った「タッ」が混じる。私はそれを最初、聞き取れなかった。先輩は手元の布から目を上げもせず、「あの列の三台目、緯が滑ってる」と言った。行って見ると、その通りだった。
切れた経糸は、機結びで繋ぐ。左右の糸端を左手の指に掛け、右の親指と人差し指で輪を作って一方を通し、引く。結び目が大きいと筬の目を通らないので、米粒の半分ほどに締める。最初は一つに十数秒かかり、手元を見ないと結べなかった。それが見ずに結べるようになるのに半年。気づくと、指は私が考える前に動いていた。
冬は糸が切れる。空気が乾くと経糸に静電気が乗って毛羽が逆立ち、隣の糸とこすれて切れる。ある朝、加湿器を回しながら工場長が「今日は糸が怒ってる」と言った。湿度計は三十八%を指していた。五十%を割ると毛羽が増える。糸が怒る、の意味が、その数字でようやく腑に落ちた。
織り上がった布は検反にかける。台の下から光が当たっていて、布を流しながらその光の上を通す。織りキズや糸の飛び、節があると、そこで光がつまずいて、影になって浮く。よい布は光をなめらかに通し、悪い布はどこかで必ずつまずく。布は嘘をつかなかった。一日見ると、帰っても瞼の裏を布が流れた。
私が入った年、近くの一軒が機を止めた。十二台あったうちの八台を、うちの工場が引き取った。いま私の受け持つ列の三台目は、その八台のうちの一台だ。動く台数が減った産地のことを、私は寂しいとは書かない。書けるのは、いま自分の工場で何台が動いていて、その一台が誰の機だったか、それだけだ。
入って三年目の夏だったと思う。布から目を上げずに口が動いた。「あの列の三台目、緯が滑ってる」。行って見ると、その通りだった。誰にも言わなかった。直した字を数える人がいないように、聞き分けた音を数える人もいない。九年経って、数えていないぶんだけ、耳が増えた。