オウミナギサ(27歳・海女7年)
祖母が海女だった。母は海に入らなかったから、一代飛ばして私が継いだ。二〇一九年の春、二十歳のとき、祖母の磯メガネと測り棒を渡された。測り棒は竹に目盛りを焼き入れたもので、アワビなら殻の長径に当てる。十センチに足りなければ獲らない。これは漁協で決まっていて、私の好き嫌いではない。
素潜りは、息を止めて潜り、貝を獲って、浮かぶ。一回はだいたい一分。底に近づくほど体が浮かなくなって、戻りは楽だ。最初の年、私は息を長くしようとした。たくさん吸えば長く潜れると思っていた。逆だった。吸いすぎると胸が早く苦しくなって、貝を見つける前に浮かんでしまう。息は、長さではなく使い方だ。
祖母に言われた。「息を伸ばそうとするな。海の中の時間を濃くしろ。一目で獲物を見つける目が、息を長くする」。意味がわかったのは、夏の終わりの一回の潜水でだった。いつもの岩の裏に回り込む前から、アワビの殻のふちが、岩の色とほんの少し違うのが見えた。潜りながらもう手の形が決まっていた。着いて、はがして、浮く。四十秒もかからなかった。探さなかった分が、まるごと余った息になった。見える人は、長く潜る。
その同じ日、もう一枚見つけた。当ててみると、長径が九センチ少し。一センチ足りない。手のひらの中で、はがしたばかりの貝の身がまだ動いている。獲れば千円にはなる。岩に戻した。来年この岩に戻ってくるための一センチで、今日の千円ではない。海から利息だけをもらう。元手には手をつけない。戻す手のほうが、獲る手より時間がかかる。
磯には自分の場所がある。どの岩の裏に貝がつくか、潮がどう抜けるか。みんなで入る場所と、教えない場所がある。教えない場所のことは、ここにも書かない。海女小屋で火を囲んで、今日はどこで何枚、潮がどうだったと話す。誰がどこで獲ったかは話すのに、いちばんいい場所だけは、誰も口に出さない。話さないことで、その場所は守られている。私も話さない。
潜るとき、鼻をつまんで耳を抜く。私の海は浅いから、二メートルあたりで一度抜けば底まで保つ。抜けない日がある。前の晩に泣いた日や、風邪の引きはじめは、同じ深さで耳が詰まって先へ進めない。体が海に断られる。耳抜きは、その日の体と海の、最初のやりとりだ。じき手がかじかんで測り棒が持てなくなったら、終わりだと体が決める。私が決めるのではない。
火のそばで、最年長のスミさんがウェットスーツの私を見て、磯着の頃は手ぬぐいを口に挟んで震えを止めたと言った。木綿の白い磯着で冬の海に入った人だ。同じ火でも、温まるまでの長さが私たちとは違っただろう。私はウェットスーツで楽をして、その分の時間を、貝を見つける目に使えている。
七年で獲った貝は数え切れない。覚えていない。覚えているのは、戻した一枚のほうだ。九センチ少しの、まだ動いていたアワビ。あの岩には、今年も行く。