オウミナギサ(27歳・海女7年)
夏のアワビとサザエが終わると、十二月からはナマコだ。同じ磯でも、夏とは漁が変わる。夏は岩場、冬は砂地。アワビは岩の色とふちの違いを見分けるが、ナマコは砂の上にいる。目を、岩から砂へ切り替えるのに、私は毎年二、三日かかる。慣れた頃に、季節が次へ行く。
砂地のナマコは、転がっているのではなく、這った跡で見つける。砂紋は潮で一方向に揃っているのに、ナマコの通った筋だけ向きが乱れて、終わりに本体が砂を少しかぶって盛り上がっている。その盛り上がりの、潮上側にできる影を見る。黒い影が砂紋を横切っていたら、たどった先に一匹いる。アワビは色を見る漁で、ナマコは影を見る漁だ。同じ磯メガネで、見ているものが違う。
掴むと、ナマコは身を縮めて固くなり、握った指の隙間から水を一口吐く。アワビのように測り棒は当てない。小さいものはそもそも砂に紛れて見つからないから、見えた時点でだいたい獲ってよい大きさだ。網袋は夏より目を粗いものに替える。砂を一緒に掴んでも、袋を振れば砂だけ落ちる。一回潜って、見つかれば一匹、二匹。アワビのように一目で何枚という潜り方は、冬にはできない。
冬の海は、夏より遠くまで見える。プランクトンが減って、砂地の起伏が五、六メートル先まで読める。夏は二、三メートルで霞む。遠くが見えるぶん、這い跡を一回の潜水で広く拾える。透明度は、私には眺めではなく、その日に何メートル先まで影を探せるかの数字だ。澄んでいる日ほど、潜る回数が同じでも獲れる。
冬は、一回が短い。水温は十二、三度まで落ちる。ウェットスーツでも、十五分も入れば指の感覚が鈍って、ナマコの這い跡の影を見分ける目より先に、手が止まる。だから短く潜って、すぐ上がる。夏は一日五時間入っていられるが、冬の実働は二時間に届かない。その二時間を、二十分入っては小屋で温まり、また入る、で刻む。長く潜る漁ではなく、回数を分けて重ねる漁だ。
浜に上がると、加工がある。ナマコは腸を抜く。腹を一本裂いて、中の腸をしごき出し、海水で砂を流して塩をする。三十匹分の腸で、このわたが小瓶一つにしかならない。卵巣は冬の終わりの短い時期だけで、薄く広げて簾に並べ、二週間ほど干すとくちこになる。身のほうは茹でて干して、煮て戻す。腸を一本も切らずに抜けた日は、それだけで指が冴えている。
火は、冬がいちばん要る。一回の潜水で冷えた体を戻すのに、薪は夏の倍は焚く。小屋に上がって、最初は手の指が動かない。火にかざして、まず親指が戻り、人差し指、それから残りが順に動くようになって、また入れる。最年長のスミさんは、いつも火にいちばん近い丸太に座る。長く海女をやった人から順に、火の近くだ。私はまだ、入り口に近い側にいる。
帳面には、夏も冬も同じことを書く。日付、場所、ナマコ何匹、潮。去年の十二月から二月で、ナマコは延べ四百匹ほど。夏のアワビ・サザエの帳面とは桁も単価も違う。岩を見る目と砂を見る目、長い一回と短い何度も、夏の帳面と冬の帳面。私はその両方を、一年で行き来している。あの砂地には、今年も十二月に行く。