レイゼイハク(60歳・煙突工38年)
煙突に登る仕事を三十八年やってきた。筒を点検し、傷んだところを直す。だが世話は筒だけでは終わらない。てっぺんで空に向いている小さな道具が二つある。航空障害灯と、避雷針だ。私の台帳の半分は、煙の通り道ではなく、その上の二つで埋まっている。
航空障害灯は、夜、煙突のてっぺんで赤く点滅する。一定の高さの構造物には点けると決まっている。飛行機が避けるための目印だ。点くか、点かないか。私の仕事はそこで二つに分かれる。日没後に下から見上げ、点くはずの拍子で暗ければ、切れている。迷う余地はない。翌朝、ステップボルトを握って登る。
頂部で球を抜く。固着した口金は、最初の四分の一回転で錆を噛んだ嫌な音を立て、そこを越えると急に軽くなる。グローブ——球を覆うガラスの傘——は結露で内側が曇っているから、布で拭ってから新しい球を入れる。防水のパッキンが硬くなっていれば、これも替える。下りて、また日没を待つ。下から見上げて、点く。間隔は四十秒に一度。私はそれを数えて、合っている、と決める。
近ごろ、その球がLEDに替わってきた。白熱の球は、一本の煙突でだいたい年に一度は私を呼んだ。LEDは切れない。去年、私が球の交換で登ったのは、二本だった。十年前の台帳をめくると、同じ月に十一本ある。十一が二になった。良い技術だ。良い技術が、私の通帳の数字を一つずつ削っていく。恨む筋合いはない。台帳と通帳に、そう書いてある。
避雷針の世話もある。落ちた雷を地面まで流す道が、煙突の外を一本、下まで走っている。年に一度、その道が地面につながっているかを計器で測る。接地抵抗という。針が十オームを下回れば、雷はためらわず地面へ抜ける。先月の煙突は四オームだった。雷は迷わない。針の振れの小ささを、私は雷の通りやすさとして読む。煤の偏りを風として読んだのと、同じ目だ。
台風のあとは、依頼が増える。ひと晩じゅう風に殴られた煙突は、翌朝、下から上まで撫でて診る。ボルトの緩みを指で確かめ、塗装の割れが昨日からのものか古いものかを、縁の汚れの入り方で分ける。障害灯の取り付け金具がずれていれば、点滅の向きが変わる。揺れたものほど、念入りに数字を取り直す。診断に、感想は要らない。
昼間は別の目印がいる。高い煙突は、赤と白の横縞に塗る。昼間障害標識といって、明るいうちに飛行機が見て避けるための縞だ。褪せれば塗り替える。縞の幅は決まっている。赤、白、赤、白。地上の誰も、この縞を近くで見ることはない。誰にも見られない縞を、それでも規定の幅で引く。刷毛を動かしながら、私はその所在のなさだけを感じている。
夜、下から自分の球の点滅を数える。四十秒に一度。合っている。いまどこかの空で、誰かがこの赤を見て、ここを避けて飛んでいる。操縦士は私を知らない。私も知らない。それでいい。私が確かめているのは縁ではなく、点滅が規定の拍子で点いているという一点だ。良い技術が私の登る回数を削り続けても、削られなかった夜は、こうして下から数えていればいい。今日も日が暮れる。私は空を見上げ、一、二、三、と数えはじめる。