レイゼイハク(60歳・煙突工38年)
煙突に登る仕事を三十八年やってきた。点検して、傷んだところを直す。だが煙突の世話は、筒だけでは終わらない。てっぺんには付帯設備がある。航空障害灯と、避雷針だ。高いものには、高いものの世話がいる。私の仕事の半分は、煙の通り道よりも、その上で空に向いている小さな道具たちのほうにある。
航空障害灯というのは、夜、煙突のてっぺんで赤く点滅している灯だ。一定以上の高さの構造物には点けることが法律で決まっている。飛行機に「ここに高いものがあります」と知らせるためだ。夜空に浮かぶ赤い点滅は、まるで陸に立った灯台のように、見えない船へ静かに合図を送り続けている。あれが切れると、私が登る。
球の交換は、たいてい連絡が来てから三日のうちにやる。地上の管理人が「赤いのが点いていない」と気づいて電話をくれる。日没後に下から見上げて、点くはずの拍子で暗いままなら、それは切れている。翌朝、ステップボルトを握って登る。古い球を外し、新しい球を入れ、また日没を待って、下から点くのを確かめる。点いた瞬間は、何度やっても少しほっとするものだ。
近ごろは、その球がLEDに替わってきた。LEDは長くもつ。白熱の球なら一、二年で切れて私を呼んだものが、LEDだと十年近く点きっぱなしになる。技術が進むのは良いことなのだろう。ただ、正直に言えば、球が切れなければ私の登る回数は減る。登る回数が減れば、私の収入も減る。良い技術が、私の仕事を一つずつ消していく。それはそういうものだ。
避雷針の世話もある。落ちた雷を地面まで無事に流すための道が、煙突の外側を一本、下まで走っている。その道がちゃんと地面につながっているかを、年に一度、計器で測る。接地抵抗という。数字が小さければ小さいほど、雷はためらわず地面へ抜けていく。大きければ、どこかで道が痩せている。私は計器の針を見て、雷の通りやすさを数字で読む。
台風のあとには、点検の依頼が増える。大きく揺れた煙突は、人間でいう健康診断のようなものを受けることになる。ボルトに緩みはないか、塗装に新しい割れはないか、障害灯の取り付け金具がずれていないか。ひと晩じゅう風に殴られた筒を、翌朝、下から上まで撫でるように見ていく。揺れたあとほど、丁寧に診てやらねばならないのだと思う。
昼間のための仕事もある。高い煙突は、赤と白の横縞に塗ってある。昼間障害標識といって、明るいうちに飛行機から見えるようにする縞だ。色が褪せれば塗り替える。空に向けて刷毛を動かす仕事だ。赤、白、赤、白、と縞を引き直していると、自分が空にものを書いているような気もしてくる。地上の誰も、この縞を間近で見ることはない。
夜、自分の替えた球が点くのを下から確かめながら、ときどき思う。いまこの瞬間、どこかの空を飛ぶ飛行機から、私が今朝入れたあの赤い点滅が見えているのかもしれない、と。操縦士は私の名前を知らない。私も操縦士を知らない。それでも、私の入れた一つの球が、見ず知らずの誰かの夜の道しるべになっている。悪くない、と思う。
結局、私のしてきたことは、夜の赤い点滅を絶やさないことだった。切れたら登り、入れ替え、また点るのを見届ける。あの赤い点滅こそが、三十八年の私の仕事の証なのだ。LEDになって登る回数が減っても、空に向けた縞を引き続けても、私のしていることは変わらない。高いものの上で、見えない誰かのために、小さな灯をともし続けること。今日も日が暮れる。私はまた、下から空を見上げる。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。