履歴書に書かない職歴の輪郭(第二稿)
「自己都合により退職」の裏側

タケウチソウタ(高校生)

履歴書の「アルバイト歴」の欄で、手が止まった。二〇二五年五月、ドラッグストア入社。七月、退職。二行で終わる。けれど、実際に止まったのはペンじゃなくて、その二か月を職歴として出すか消すかの判断だった。短いから弱く見える。辞め方まで聞かれたら面倒になる。そう考えて空欄にすると、今度は七月と八月が何もなかった月みたいに並ぶ。何もなかったわけがない。

店は駅前のドラッグストアで、レジ横に湿布と栄養ドリンクが山積みになっていた。金曜の夜、二十一時を過ぎると、仕事帰りの客が一気に来る。六月の終わり、遅番の大学生が来なくて、レジは実質二台で回った。俺は入ってまだ一か月なのに、酒の年齢確認、段ボールの品出し、閉店前の値引きシールまで振られた。洗剤の場所を聞かれて案内して戻ると、会計待ちが通路まで伸びていて、店長は謝らずに「先に列見て」と言った。教わっていない順番で動かされて、ミスだけはきっちり数えられた。

辞めた日のことも、きれいな理由にはならない。学校のテスト期間が近くて、母の帰りが遅い日は弟に夕飯を出す役もあった。だから二十二時以降は外してほしいと伝えた。店長はシフト表を指でたたいて、「みんな厳しいから」で終わらせた。その一週間後、俺はフライヤーの油を替えながら、ここでは事情を話した側が損をすると知った。退職届の紙は薄かったのに、出すまでやけに時間がかかった。

面接では、空いた月の説明を求められることがある。そこに正直さが足りない、と言われたら反論しにくい。でも履歴書は事実そのものではない。切りそろえた事実しか通さない。 二か月で辞めた仕事、単発で入った倉庫、面接に落ちたあと家で求人を開いて閉じた夜は、欄に入れた瞬間だけ経歴になる。入らない時間は、本人の怠慢みたいに処理される。書式に乗らなかった時間まで、書かなかった側の責任にされる。その雑さに、ずっと腹が立っている。

だから空白を見るとき、「何も続かなかった人」と先に決めるのは間違いだ。高校生の短期離職なんて、本人の根性より店の都合で決まる場面の方が多い。人が足りない日に埋め草として使われ、困りごとを言った順に外される。そういう現場を消して、「自己都合により退職」の一行だけ残すと、店の乱暴さだけが見えなくなる。履歴書をきれいに書くたびに、削られるのは経歴ではない。雑に扱われた側の事情だ。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。