サガラトモヤ(49歳・紙漉き職人27年)
紙漉きは冬の仕事だ。十二月の朝、漉き舟に手を入れると、指は人差し指の先から感覚を失う。三分ほどで痛みが鈍り、手が自分のものでなくなる。それでも冬に漉くのは、トロロアオイの粘りが、水温が低いほど長く保つからだ。手の都合より、紙の都合が先に立つ。二十七年、その順番は変わらない。
和紙は、楮(こうぞ)の繊維を水に溶くところから始まる。叩いてほぐした繊維を漉き舟に放ち、トロロアオイの根の粘りを加える。粘りが繊維を水の中に立たせ、ゆっくり沈ませる。粘りがへたれば繊維は底に溜まり、簀の上に均せない。夏の水では、その粘りが半日も保たない。
簀桁(すけた)で水を汲み、揺らす。手前から奥へ、左から右へ。揺らすたびに繊維が向きをそろえ、その向きが乾いた紙の強さを決める。縦に流せば縦に強い紙、横に動かせば横に裂けにくい紙。一枚の中で繊維がどちらを向くかを、手首だけが決めている。汲んでから桁を止めるまで、わずか数秒。その波で一枚の厚みが決まる。
弟子入りした年の冬、師匠に言われた。「数を漉くな。同じ厚みを漉け。百枚漉いて百枚同じなら、それが職人だ」。その晩、私は自分が昼に漉いた紙を翌朝まで待って、師匠の漉いた一枚と並べ、二枚を光に透かした。私の紙には、桁を止めた縁のあたりに薄い帯が走っていた。師匠の紙には、何もなかった。「同じ」がどれほどの差との戦いか、その帯の一本で分かった。
厄介なのは、漉いた瞬間にはそれが見えないことだ。濡れた紙は手にずしりと重く、縁から水が切れていくのは見えるが、厚みの帯までは読めない。乾燥板に刷毛で貼り、中心から外へ空気を抜いて乾かす。翌日、板から剥がして光に透かすと、初めて漉きむらが現れる。昨日の手の迷いが、雲のような濃淡になって残っている。漉きは、いつも翌日に答えが出る。
三年目の冬、文化財の修復に使う薄紙の注文が来た。傷んだ古文書の裏に貼る紙で、仕上がりは一匁五分——一枚がほぼ手紙一枚の重さしかない。厚ければ元の紙の表情を殺し、薄ければ破れる。隅から隅まで、光に透かして雲一つない一枚。汲む量を半分に落とし、桁を止める間を一拍だけ早める。十枚漉いて、使えたのは三枚だった。師匠の「百枚同じ」が、ようやく注文として目の前に来た。
剥がした紙を、もう一度光に透かす。三枚は、縁にも中にも帯がなかった。あの晩の師匠の一枚と、同じ顔をしていた。
二十七年で漉いた紙は数え切れない。うまく漉けた紙のことは、ひとつも覚えていない。覚えているのは、翌日に現れた帯のほうだ。桁を止めるのが遅れた一本。汲みすぎた一枚。冬の水は、今朝も指の先から感覚を奪っていく。