サコミズトオル(48歳・地下鉄の軌道保守26年)
地下鉄の線路は、終電が車庫に帰ってから始発が出るまでの、数時間しか歩けない。乗客が眠っている時間の地下を、私は二十六年見てきた。昼間、駅のホームで足元の線路を覗き込む人がいるが、あの二本のレールの上を本当に歩くのは、列車でなければ私たちだけだ。眠る地下に、靴音だけが響く。
二〇〇〇年、二十二歳で保守会社に入った。最初の数か月は昼間の研修で、線路に下りられる夜の作業に出してもらえたのは、夏が終わるころだったと思う。夜間作業は、まず送電を切るところから始まる。第三軌条――走行用の電気が流れるレールに、触れれば人は死ぬ。だから停電の手続きを踏み、本当に電気が落ちたかを確認する。指令所からの連絡と、現場での確認。二重に確かめてから、ようやくトンネルに入る点呼が始まる。
点呼のとき、班長が人数を数える声が、トンネルの中で奇妙に伸びた。昼間の地下は、列車が押す風と一緒に空気が流れている。けれど終電後のトンネルは無風で、声がどこにも逃げずに、湿った壁にぶつかって返ってくる。あの無音に近い空気を、私は今でも覚えている。耳が、急に良くなったような気がした。
その夜の作業は、レールの締結装置の点検だった。レールは枕木に、ボルトとクリップで留めてある。この締結ボルトが緩むと、レールがわずかに動き、やがて大きな事故につながる。一本ずつ、緩みを見て回る。何百本というボルトを、屈んでは確認し、屈んでは確認する。腰にくる作業だった。
先輩が、長い柄のハンマーを私に渡して言った。「レールの音を覚えろ。叩いた音が教えてくれる」。打音検査というのだそうだ。ボルトの頭を軽く叩く。締まっていれば、高くて短い、澄んだ音が返る。緩んでいれば、どこか濁った、鈍い音になる。先輩が叩くと、なるほど違うように聞こえる気がした。だが私が叩くと、どれも同じに聞こえた。「最初は分からん。半年も叩けば、耳が勝手に拾うようになる」と先輩は言った。たぶん、そういうものなのだろう。
レールそのものの点検もある。車輪が同じところを通り続けると、レールの表面が波のように凸凹に摩耗してくる。波状摩耗という。専用の測定器を当てて、その波の深さを測る。数値が一定を超えれば、削正の計画に乗せる。地下の線路は、生き物のように少しずつ形を変えていて、それを数字で見張るのが私たちの仕事だった。
漏水のチェックも忘れてはいけない。地下のトンネルは、壁のあちこちから水がにじむ。懐中電灯を当てると、コンクリートの継ぎ目を伝って、黒く濡れた筋が走っているのが見える。新しい漏れか、前からの漏れか。記録と照らし合わせる。地上では誰も気にしない水が、地下では設備を少しずつ蝕んでいく。
作業が終わると、私たちは退避坑に入る決まりだった。トンネルの壁にくぼみが掘ってあって、列車が来たときに身を寄せる場所だ。その夜、点検を終えた私たちは退避坑に下がり、最初の始発列車を見送った。自分たちがさっき緩みを確かめ、音を聴き、波を測ったレールの上を、明かりを点けた列車が通り過ぎていく。中にはもう、眠そうな乗客が座っていた。あの人たちは、数時間前まで誰がそこにいたか、知らないのだろう。
以来二十六年、私はレールの音の観察者になった。半年経つころには、先輩の言ったとおり、濁った音が耳に引っかかるようになっていた。乗客が眠る時間に地下を歩き、叩き、聴く。私の聴いてきたレールの音が、私をいまの私にしてくれたのだと思う。今夜もまた、送電が落ちるのを待って、私はトンネルに下りていく。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。