ワタナベ(65歳・元会社員)
現役のころ、東海道新幹線では品川を過ぎると仕事の順番が固まった。A4のノートを膝に置き、赤い線の入った議事メモを見返し、名古屋の少し前で「定刻で着きます。改札を出たらご連絡します」と打つ。車内販売が来ても、弁当のふたを開ける時刻までこちらで決めていた。速い乗り物だから段取りが立つ、というだけではない。座った途端、車内がこちらを段取りの人間にしてしまう。窓の外には工場も畑も見えるのに、目はそこへ行かず、次の文面の長さばかり気にしていた。
女の色が次第に白くなるので何時(いつ)の間(ま)にか故郷を遠退(の)く様な憐れを感じてゐた。(夏目漱石『三四郎』)
この一文は、土地の変化を景色ではなく同乗者の肌で受け取っている。そこが強い。駅名より先に、隣に座る人の見え方が変わる。『三四郎』の汽車には、まだ他人が入り込む余地がある。私は新幹線でそこまで他人を見なかった。見たとしても、ノートパソコンを閉じる時刻、通路に出る順番、網棚から鞄を下ろす手つきで、その人の降車駅を当てるくらいだった。観察はしているのに、相手の顔色ではなく動線だけを読んでいる。会社勤めをしていた私は、その読みの正確さを長く誇っていた。
口(くち)を利いてゐるものは誰(だれ)もない。汽車丈が凄じい音(おと)を立てゝ行く。(夏目漱石『三四郎』)
この「汽車丈」がうらやましい。主役が人間ではなく、まず乗り物の音にあるからだ。新幹線は静かで、知らせだけがよく通る。まもなく到着、出口は右側、乗換は何分。音の少ない車内で、案内だけがこちらの先回りをする。その親切を、私は歓迎してきた。遅れず、迷わず、先方を待たせずに済むからである。ただ、退職してから同じ区間に乗ると、あの便利さの中身が少し見える。速さが私を急かしていたのではない。私は新幹線を、途中を見ないための道具として使い込み、自分で自分を急かしていただけだった。漱石の汽車が古いのではない。顔つきの変化や車内の音にまで旅を明け渡せる人間が、いまの私よりよほど移動している。