断水の、お知らせ
水道が一日だけ「ないと困る」に昇格する日

セキネタツヤ(43歳・浄水場運転管理20年)

計画断水の朝は、いつもより静かに明ける。窓の外には澄んだ空が広がっていて、中央監視室には機械の低い音だけが満ちていた。配水管の老朽化に伴う布設替え工事。対象は三つの町、二千四百戸。断水は午前九時から午後四時の予定。私はその数字を、何度も配ってきた。

お知らせのチラシは、二週間前から各戸に配る。「断水のお知らせ」と赤い帯。日時、範囲、給水所の場所、解除後の注意。配布範囲は断水区域より一回り広く取る。境界の家は、水が出ても不安になるからだ。それでも、チラシを読む人と読まない人がいる。その差が、当日のグラフに出る。

断水前夜から朝にかけて、配水量のグラフに山ができる。駆け込みの貯め水だ。浴槽に水を張り、鍋やペットボトルを満たす。前夜の二十二時台と、当日の朝七時台。二つの山は、お知らせを読んだ家の数とほぼ重なる。読んだ人は、水が止まる前に水を確保する。グラフは正直だ。

午前九時、私たちはバルブを閉めた。区域の末端から順に、水が引いていく。グラフの線が、すとんと底に落ちた。町から水道が消えた瞬間だ。けれど町は、まだそれに気づいていない。

「水が出ない」の電話が鳴りはじめるのは、断水開始のきっかり三十分後だ。九時半。お知らせを読まなかった人が、蛇口をひねって、初めて気づく。電話の記録を見ると、九時から九時十五分はほとんど鳴らない。九時半に山が来る。読んでいない人は、水が止まってから三十分かけて、ようやく水道のことを思い出すのだろう。

給水車の手配はしてある。給水所には朝からポリタンクの行列ができた。深夜まで続いた工事の照明が、まだ路上に残っていた。作業員が管を繋ぎ替え、私たちは配水池の水位とにらめっこをする。断水の日は、ふだん誰も見ない場所が、急に人の視線を集める。水道が、一日だけ「あって当たり前」から「ないと困る」に昇格する。

午後四時、工事が終わり、私たちは解除にかかる。ここからが本番だ。バルブをいきなり全開にはしない。区域の手前から奥へ、決められた順序で、少しずつ開ける。急に水を流すと、管の底に溜まった錆が舞い上がって濁る。各戸には「最初は濁った水が出ます。透明になるまで流してください」と案内してある。蛇口を開ける順序まで、こちらが決めている。

管の中の空気が抜けていく音がする。ごぼ、ごぼ、と末端の蛇口で空気が吐き出される。私はその音を聞きながら、濁度計の数字を見ていた。解除直後は基準を超える。十五分、三十分と流すうちに、数字が幅の中に戻ってくる。そのころ、また電話が鳴る。「水が濁っている」。読まなかった人が、今度は濁りに驚いている。

夜、グラフは平らに戻った。断水のあった一日だけ、町は水道の存在を思い出していた。けれど翌朝には、また忘れる。蛇口をひねれば水が出る。それが当たり前に戻る。忘れられることが、水道の誇りなのだ。私は今日も、町じゅうの蛇口の手前に立っている。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

辛口レビュー →
第二稿(改稿版)→
← シリーズ目次に戻る

このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。