セリザワコウ(30歳・自転車店の修理工8年)
「補助輪を外してください」。春先、この注文が増える。自転車屋でいちばんおめでたい注文だ。直すのではなく、いらなくなったものを外す。外すこと自体は五分。けれど、外したあとに乗れるかどうかは、店の管轄ではない。私が触れるのは、車軸までだ。
補助輪のステーは、後輪の車軸ナットに共締めになっている。だから左に回して外す、では終わらない。外したぶん、車軸を締め直す。車輪を手で回して、振れを見る。チェーンの張りを指で押して確かめる。補助輪が支えていた荷重が抜けたぶん、自転車は少しだけ姿勢を変える。その姿勢を、二輪で立つ姿勢に組み直す。十四ミリのナット二本のことだが、五分の中身はそこにある。
外している間、子どもはハンドルから手を離さない。私がしゃがんで作業しているあいだも、両手でハンドルを握ったまま、上から私の手元を見ている。誇らしさと不安が半々だ、と書きたくなるが、本当のところ、顔より手に出る。握った指が、白い。一個目の補助輪を外したときと、二個目を外したときで、その握りが違う。一個目はまだ余裕がある。二個目を外し終えて自転車が片側にかたむいた瞬間、握りが強くなる。
付き添いの親は、財布より先にスマホを出す。父も、母も、祖父も、外れる瞬間にカメラを構える。腕を組んで見ている父親も、最後の一本のところでポケットに手をやる。その家のかたちを読もうとは、もう思わない。読めるのは、外れる音にいちばん早く反応した手が、誰の手か、それだけだ。
外し終えたら、サドルに手をかける。「上げときますね」。補助輪を外す子の背は、つけていた半年か一年で伸びている。両足のつま先が、地面にちょんと届く高さ。それより低いと立ちすぎてこげない。高いとこけたとき足が出ない。背が伸びたぶん、サドルも上げる。説明はそれだけだ。
外した補助輪は、汚い。タイヤの溝は泥で埋まり、金具には錆が乗っている。長くつけていた補助輪ほど汚れている。行き先は二つだ。「持って帰ります」と、「処分してください」。持って帰る親のほうが、少し多い。私は布で軽く拭いてから渡す。汚れは取れきらない。取れきらない汚れの量が、その子が補助輪に頼っていた月日だ。
スタンドを付け替えて、店先で試し乗りをさせる。最初の一漕ぎで、たいていふらつく。親が小さく声を上げる。それでも子どもは、地面を蹴って、よろよろと前に出ていく。私はその後ろ姿を見送る。乗れるかどうかは、もう私の管轄ではない。
数年して、その自転車がパンクで戻ってくることがある。大きくなった子が、今度は一人で押してくる。後輪の車軸を見ると、補助輪を留めていたネジ穴が残っている。錆びて、茶色くなって、もう何も留めていない。私はその穴を、指でなぞる。八年、何千個の穴を内側からなぞってきた指が、外側の、塞ぐ必要のない穴を、しばらくなぞっていた。