パンクの、原因
入店一年目、穴の観察者になるまで

セリザワコウ(30歳・自転車店の修理工8年)

夕暮れの商店街を、直したばかりの自転車が走り去っていく。その後ろ姿を見送るのが、私の仕事の終わり方だ。自転車屋で修理工を八年やってきた。手は油でいつも黒い。けれど、いちばん最初に店主に教わったのは、油の落とし方ではなくて、穴の見つけ方だった。

パンクを直すというのは、穴を塞ぐことだと、入りたての頃の私は思っていた。たらいに水を張って、空気を入れたチューブを沈める。ぷくぷくと泡が立つ場所が、穴だ。そこにパッチを貼れば、空気は漏れなくなる。それで終わりだと思っていた。

研修の初日、店主は私の手元を見ていて、こう言った。「穴を塞ぐ前に、原因を見つけろ。原因が残ってると、一週間で戻ってくる」。塞ぐのではなく、見つける。最初は意味がよく分からなかったように思う。穴は穴だろう、と。

けれど、チューブの穴は、その位置と形で、原因を語っていた。タイヤの内側に近い面に小さな点があれば、ガラス片や釘が刺さっている。リムの側に二つ並んだ穴があれば、段差で踏んだリム打ち。全体に薄く擦り切れていれば、空気が足りないまま乗り続けた摩耗。バルブの根元なら、虫ゴムの劣化。穴は、何が起きたかを、静かに教えてくれているのだった。

だから私は、塞ぐ前に、タイヤの内側を指でなぞる。異物が残っていれば、塞いだそばからまた同じ場所が破れる。ガラス片で指を切りながら、その確認の仕方を覚えた。血の滲んだ指で、それでも内側をなぞる。原因を取り除かないまま貼ったパッチは、嘘の修理だ。

「またパンクしたんだけど」。そう言って来る客が、いる。自転車を受け取って、まず空気を押してみる。親指で押すと、たいてい、ぺこりと深く沈む。空気圧が、低い。パンクの最大の原因は、異物でも段差でもなく、空気を入れないまま乗り続ける、その乗り方なのだ。けれど、それをそのまま言うわけにはいかない。客は悪くないのだから、言い方を選んで、空気は月に一度入れてくださいね、と伝える。

月曜の朝は、通学の自転車が駆け込んでくる。週末に放っておいたタイヤが、月曜にぺしゃんこになって気づかれる。彼らは急いでいて、原因の話など聞きたくない。それでも私は、内側を指でなぞってから、パッチを貼る。原因を見ない修理は、その子をまた来週、ここに戻してしまうから。

あの研修の日から、私は穴の観察者になったのだと思う。塞ぐ職人ではなく、原因を読む人間に。穴の原因を探す八年が、私をいまの私にしてくれた。今日も、直した自転車が、夕暮れの商店街を走り去っていく。その後ろ姿を、私はただ見送る。もう戻ってこないことを、願いながら。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。