裾上げの、跡
バイヤー一年目、服を体の記録として読み始めるまで

シブヤアオイ(25歳・古着屋バイヤー4年)

古着屋でバイヤーを四年やっている。一着一着に、それぞれの物語が宿っている。前の持ち主がどんな人で、どんな暮らしをしていたのか。検品台のライトの下で服を広げるたびに、私はそんなことを思う。服は、語らないけれど、たくさんのことを語っている。

仕事の半分は、状態を見ることだ。買い付けた服を一枚ずつ台に載せ、強いライトを当てて、染み、ほつれ、毛玉、虫食いを探す。これは「ダメージ」で、見つけるたびに査定の値が下がっていく。減点法だ。きれいな一枚を満点として、そこから引いていく。査定とは、要するに、傷を数える仕事なのだと思う。

一年目の春だった。窓の外には柔らかい光が差していて、店の奥の検品室には、古い布と樟脳の匂いが静かに満ちていた。私の台には、まとめて仕入れたスラックスの山が置かれていた。ウールの、きれいなグレーの一本を広げたとき、裾のあたりに、横一文字の線が走っているのに気づいた。

裾上げをほどいた跡だった。一度上げた裾を、また下ろしたのだ。折り目だった場所に、アイロンの線が白く残り、そのすぐ上に、小さな針穴が点々と並んでいた。ミシンの針が落ちた穴だ。線と穴は、かつてこのズボンがどこで折られていたかを、正確に教えていた。前の持ち主の、脚の長さが、そこに残っていた。誰かの体の寸法が、布に線として刻まれているようだった。

気づいてしまうと、もう止まらなかった。同じ山の別の一本は、右の袖口だけが擦れて薄くなっていた。利き腕だ。机に腕を置いて書く人の、右だけがそうなる。ジャケットの肘は、内側から押し出されたように生地が抜けていて、ポケットの口は、両手とも同じように伸びて開いていた。寒がりで、いつも手を突っ込んで歩く人だったのかもしれない。服のあちこちに、体の癖が顔を出していた。

その日、先輩に査定表を見せた。先輩は、ヴィンテージのタグを見ただけで年代を当てる人だった。タグの書体とユニオンチケットの有無で、これは六〇年代、と言い切る。先輩は私の表を眺めて、裾の線のところを指で押さえて言った。「これ、減点したの?」。私はうなずいた。先輩は少しだけ笑って、「店では、これを味って呼ぶんだよ」と言った。私はしばらく、その意味を考えていた。

査定では「ダメージ」と呼んで減点した痕跡が、店頭に並ぶと「味」と呼ばれて、値段が上がる。同じ線、同じ擦れが、呼び名ひとつで傷から価値に裏返る。染み抜きにも限界がある。落とせる染みと、落とすと布まで死ぬ染みがある。落とせないものは、いつしか「経年」と呼ばれて、その服の一部になる。直すべきものと、残すべきもの。バイヤーの仕事は、たぶんその線引きなのだろうと、いまでは思う。

あれから四年。ハンガーラックには、一軍と二軍がある。けれど私の中の基準は、あの裾の線から少し変わった。私は値札に、前の持ち主のことを書かない。脚の長さも、利き腕も、書かない。読んだことは、自分の中にしまっておく。服に残った体を読むようになったあの一日が、私をいまの私にしてくれた。検品室のライトは、今日も静かに白い。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。