値札の、付け替え(第二稿)
同じ服の値段が、店の中で変わっていく

シブヤアオイ(25歳・古着屋バイヤー4年)

値段は、タグガンで撃つ。引き金を引くと、Tの字のプラスチック糸が、針の先からタグの紙を貫いて止まる。値下げのときは、糸を引きちぎって古い札を外し、すぐ隣にもう一発撃つ。だから値段を下げるたび、タグの同じ角に、穴が一つずつ増える。

うちの下限は決まっている。仕入れ値の倍を割らない。九八〇、一八〇〇、二八〇〇と、端数は八〇〇に寄せる。入荷の初値はその上に、強気でいくら乗せられるかの勝負だ。一か月で動かなければ一段。セールでもう一段。下限まで来たら、それ以上は店長の判子がいる。値付けは、迷ってもいい。けれど撃った数字は言い切りだ。札に二八〇〇と出ている服を、客に「本当は三八〇〇の価値で」とは言えない。

長く残った札は、撃ち外した穴で角がささくれている。引きちぎったTバーの根が小さなこぶになって、紙の縁に二つ三つ残る。新しく入った服の札は、穴が一つ、縁もまっすぐだ。レジ前で札を裏返すと、その服が何回下げられたか、紙の傷だけでわかる。私は値段より先に、いつもそこを見てしまう。

下げた途端に売れる服がある。三八〇〇では誰も触らなかったのに、二八〇〇に撃ち直した夕方には、もうハンガーから消えている。客はずっと見ていたのだ。あと一段を待っていた。私の初値が、八〇〇だけ強気だった。読みの外れ方としては、小さい。

残る服には、残る理由がある。丈が中途半端、色が今年の半周遅れ、サイズが大きすぎる。生地がよくても、その一つで足は止まる。縁の問題ではない。値段を下げきっても動かない服は、私が初値で見落としていた寸法や季節を、穴の数だけ突きつけてくる。下げるたびに、自分の読みの欠けを一つずつ確認している。

窓際のラックに長く吊られた服は、肩だけ色が抜ける。畳んで眠る面と、表を向きつづける面とで、同じ一着の中に濃淡の境目ができる。畳めば日は当たらない。吊られている、というのは、毎日少しずつ表側だけ古びていくことだ。境目のくっきりした服ほど、札の穴も多い。

買い付けで惚れて、下限を承知で強気の四八〇〇をつけた革のブルゾンがあった。一段下げ、二段下げ、セールで店長の判子をもらって三段。それでも残った。引退は系列店への移動か、業者への束だ。専用の箱に伝票を貼って、私はそのブルゾンを最後に畳んだ。三回外した。私の目より、客の足のほうが正しかった。悔しい、という言葉が、こんなに具体的な重さを持つとは思わなかった。

箱に入れる前に、札を裏返した。撃ち直した穴が三つ、角はささくれ、最初に私が撃った一発だけが、縁から少し離れて、まっすぐ空いている。惚れて初値をつけた日の、一発だ。指の腹で、そこを押した。穴は閉じない。伝票を貼って、蓋を閉めた。次の客が、次の初値を撃つ。私はもう一台の山に向き直って、まだ穴の一つもない札を、一枚、タグガンに装填した。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。