銅板の、社(第二稿)
いま赤金色の屋根が、緑になる予定を葺く

シギラナオ(41歳・建築板金職人19年)

葺き替えの社殿で、まず古い銅を剥がす。釘を起こして一枚めくると、雨の集まる谷筋の板だけ、紙のように薄くなっていて、指で押すと凹む。棟に近い板は、表は緑青でも裏は赤いまま残っている。同じ屋根の同じ銅でも、雨の通り道だった板から先に痩せる。剥がした板を裏返して地面に並べると、この屋根の上を雨がどこを走っていたかが、薄さの濃淡になって出てくる。私はその地図を読んでから、新しい屋根の道を引く。

新しく葺くのは一文字葺きだ。短冊のような銅板を一枚ずつ、横一直線に揃えて重ねていく。重なりは一寸五分と決めた。浅ければ雨が裏へ回り、深ければ列が間延びして、棟まで枚数が足りなくなる。一枚目で出したこの一寸五分が、棟まで何百枚を全部縛る。だから初めの一列だけは、墨と差し金で半日かける。あとの何百枚は、最初の一列の写しでしかない。

銅は柔らかいから、平らな板のままでは社殿の反った曲面に乗らない。当て盤の上に板を置き、木槌で叩く。金槌では薄い銅に槌の跡が残る。縁から中心へ、扇を広げるように打っていくと、ある一打で、板がふいに楽になる。それまで突っ張っていた金属が、手のなかで力を抜く。そこで板は、平らから皿へ変わる。曲面に沿うとは、板を曲げることではなく、伸ばすことだ。

葺き上がった銅は、十円玉を磨いたような赤金色をしている。施主はその輝きを喜ぶ。私はそのたびに、これは十年で緑になりますと言う。初めは黒ずみ、それから茶になる。緑青は屋根全面に一度には来ない。南面の日と雨に当たる板から先にまだらに青み、北の軒先や谷筋は、何年も黒いまま遅れる。先に緑になった社殿を一つ知っているが、屋根の南半分だけが青く、北はまだ黒く、ちょうど月の満ち欠けのような顔をしていた。緑が屋根全体に寄るまでに、二十年はかかる。

雪止めと樋の取り合いは、社殿では神経を使う。屋根が大きいぶん、滑り落ちる雪も多い。雪止めを一段下げれば、ひと冬ぶんの雪が一度に軒からこぼれ、真下に賽銭箱と、参拝の列がある。雪をどの段で止め、どこで落とし、落ちた水をどの樋でどこへ流すか。人の頭の上を、雪と水が通っていく。その道を決めるのが私の役目だ。

社殿の仕事には宮大工がいる。木の軒先がどこで終わり、そこから先の銅をどう被せるか。先日も唐草の納まりで、棟梁と図面を挟んだ。彼は木が乾湿で動くぶん、三分の隙を残せと言う。私は水が一滴も入らない重ねが欲しい。三分空ければ水が入り、詰めれば木が膨れて銅を押し上げる。互いの寸法を一分ずつ寄せて、隙を二分で折り合った。木の都合と金属の都合の境目を、その二分にどう引くか。それだけを、声を低くしたまま決めていく。

葺き終えて足場を払うと、社殿の屋根が赤金色に光って立ち上がる。施主も氏子も、その輝きを見上げる。私は隣で、十年後の南面と、二十年後にようやく緑の寄る北の軒先を、指で順に差して説明する。いま見えている赤金色は、いちばん短い時間です。私が引いた雨の道が正しかったかは、私がいなくなったころ、谷筋の板の痩せ方で分かる。私はそのころの屋根を、いまの赤金色の上にもう一枚重ねて見ている。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。