檜皮の、谷(第二稿)
皮の屋根に、銅の水路を一本納める仕事

シギラナオ(41歳・建築板金職人19年)

家の屋根が私の領分だが、先日は社殿の葺き替えに呼ばれた。檜皮葺きの屋根だ。皮を葺くのは私の仕事ではない。私が呼ばれたのは、皮と皮が合わさる谷に、銅の樋を一本納めるためだった。出会ったのは板金屋一人と、檜皮屋一人。それだけの現場だ。

本物の屋根の上に、素屋根という仮設の屋根が架かっていて、その中は薄暗かった。雨でもないのに、たえず音が鳴っている。コン、と一つ。間があって、コン。私の金槌が鉄を叩く音は、硬くて続けざまだ。この音は乾いていて、一打ちごとに必ず間がある。竹の釘を、口から一本ずつ送り出して打っている音だと、あとで知った。

音の主がカラスマジンだった。檜皮葺き二十八年。私より九つ上だ。こちらを見ずに、口の端に竹釘を何本もくわえたまま、「板金屋さん。谷、頼みます」と、皮から指を離さずに言った。それきり、また間のある音に戻った。

谷は、二つの屋根面がぶつかって水が集まる場所だ。家の屋根でも、雨漏りはたいてい谷で起きる。皮は平らな面なら何枚でも重ねて止めるが、谷のように水が一気に集まる場所は皮では止まらない。だから谷だけ、金属が受ける。カラスマさんが皮を葺き、私が谷に銅を流す。皮が嫌う場所を、銅が引き受ける。

相談したのは、寸法ではなく順番だ。私が銅の谷樋を先に入れれば、その上に皮が被さる。皮を先に葺けば、私はあとから皮の下へ銅を差し込む。先に入れたほうが、あとから来るものの下になる。私たちは図面を挟んで、皮を何枚目まで先に葺き、そこへ私の銅をどう差し込むか、一段ずつ割っていった。声を荒げる話ではない。皮の都合と銅の都合の、境目を一本どこに引くか、だ。

差し込みの段で、カラスマさんが注文を一つつけた。「銅の縁で、皮を傷つけるな」。銅板の切り口は刃物だ。私はその縁で、何度も自分の指を切ってきた。同じ縁が、葺いたばかりの檜皮に当たれば、皮は裂ける。差し込み側の縁を七ミリ、内側へ折り返して殺せ、という指定だった。折り返せばそのぶん口は厚くなり、皮の納まりはきつくなる。私は谷の有効幅を七ミリ詰め直して、差し込み口を全部折り返してから入れた。皮を守るぶん、私の水路が痩せる。それを呑むのが分担だった。

檜皮は三十年で葺き替える。私の入れた銅は百年もつ。次にこの社殿の皮を葺き替えるとき、カラスマさんの皮ははがされて新しくなり、私の谷樋だけが、はがした皮の下から出てくる。三十年後、別の檜皮屋がそれを見る。私が七ミリ折り返したこの縁を、指でなぞる誰かがいる。私はそのときの設計を、いま引いている。

葺き上がった谷を、二人で見た。皮が両側から下りてきて、底に銅の一本が走り、皮と銅の境目は、目を凝らさないと分からない細い線になっていた。私が黙って見ていると、カラスマさんが口の釘を手に移して言った。「水を、走らせて逃がす。それだけだわ」。私は何も言い足さなかった。鉄を叩く私と、竹を打つこの人と、谷の一本の線の上で、手は同じことをしていた。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。