シマヅカイ(35歳・住宅の気密測定士12年)
家が完成する前に、もう一度測りに行くことがある。中間測定という。石膏ボードを張る前、壁の中がまだ見えているうちに、送風機で減圧して、いまのC値を出す。完成してから測るのが普通だと思っている人が多いけれど、私はこの中間の一回のほうが好きだ。
完成後の測定は、いわば通知表だ。もう壁は閉じている。数字が悪くても、どこに穴があるかを突き止めて、壁を開けて直して、また閉じて——とはいかない。施主の前に出した数字が、そのまま家の成績になる。けれど中間なら違う。仕上げの前だから、隙間が見つかればその場で直せる。だから中間測定は、家にとっての健康診断のようなものなのだ。
仕上げ前の家は、内臓が見えている。断熱材が柱の間に詰められ、その内側に気密シートが張られている。半透明のシートの向こうに、ピンクや黄色の断熱材が透けている。まだ石膏ボードが来ていないから、配線も配管も、シートの継ぎ目を留めたテープも、全部見える。完成した家のすました顔の裏に、本当はこういう状態の時期があったのだと、私はいつも思う。
送風機を回すと、シートが家の内側へふくらんだり、へこんだりする。気密シートの継ぎ目、コンセントボックスのまわり、桁と壁の取り合い。線香をかざすと、テープの端から煙が横に消えていく。完成後なら壁の中に隠れてしまう穴が、いまは全部、手を伸ばせば届くところにある。テープ一本で直る。この、テープ一本で直る段階のありがたさを、うまく言葉にできないのだけれど。
大工さんと並んで、隙間を探す。私が線香をかざして「ここ、横に消えました」と言うと、大工さんが気密テープを切って、シートの継ぎ目にぴっと貼る。完成後だったら、私が見つけた穴は「言いにくいこと」になる。もう閉じた壁を指して「ここ漏れてます」と言うのは、半分は責めることになってしまう。けれど中間なら、「ここ、頼みます」が、ただの共同作業の声かけになる。同じ穴でも、見つける時期で、こんなに言いやすさが違う。
会社によって、中間測定を入れるところと、入れないところがある。完成時の一回だけで済ます工務店もあれば、わざわざ手間と費用をかけて中間を一回挟む工務店もある。これは技術というより、姿勢の差だと思う。数字が出てから取り繕うのか、出る前に直せるようにしておくのか。中間測定を入れる会社は、たぶん数字というものを、成績ではなく道具として見ている。
テープを貼ったら、すぐにもう一度測る。さっきまでの数字が、その場で下がる。減圧をかけ直して、漏気量の表示が、ついさっきより低い値で落ち着く。大工さんが手元をのぞいて「お、下がった」と言う。この即効性が、私はたまらなく好きだ。完成測定では、出した数字はもう動かない。中間では、直したら直しただけ、その場で数字が応える。原因と結果が、目の前でつながる。
昼になると、現場の人たちが弁当を広げる。私も端のほうに混ぜてもらう。測定士は外から来る人間だから、最初の頃はこの輪に入る距離感がわからなかった。いまは、大工さんの隣に座って、午後はどこを直すか、なんて話をしながら箸を動かす。家を一緒に作っている感じが、この昼の輪には少しだけある。よそ者の私にも、その時間は確かにあたたかいものだった。
そして完成測定の日、私はその家にもう一度会う。壁は閉じている。中間の日に一緒に塞いだ穴は、もう石膏ボードの向こうだ。あのとき横に消えた線香の煙も、大工さんの「お、下がった」も、閉じた壁の中にしまわれている。すました顔の家の、見えない壁の中に、確かにあの午後があったことを、私だけが知っている。中間測定は、やっぱり健康診断なのだ。手遅れになる前に、直せるうちに、一度だけ家の中を覗く。それが私の、いちばん好きな一回だ。