シマヅカイ(35歳・住宅の気密測定士12年)
家の隙間を数字にする仕事をしている。完成したばかりの、まだ誰も住んでいない家に入って、その家が一年でどれだけの空気を漏らすかを測る。隙間相当面積——C値という。床面積一平方メートルあたり何平方センチの穴が開いているか。新しい家は、生まれたての生き物のように、どこから息をしているのか自分でもわかっていない。それを教えてやるのが、私の役目だ。
二〇一四年、二十三歳のとき、住宅性能の測定会社に入った。最初の現場で、先輩が玄関に大きな送風機を据えた。窓のような枠に、扇風機を何倍も大きくしたファンがはまっている。電源を入れると、家の中の空気を外へ吸い出していく。家が、すうっと痩せていくような感じがした。
減圧が進むと、耳がツンとした。山道を車で登るときのような、あの感覚。家の中の気圧が下がって、外の空気が、開いている穴という穴から漏れ込もうとする。その漏れ込む量から、隙間の合計を逆算する。ファンの低い唸りだけが満ちて、減圧された家は妙に静かで、世界から少しだけ切り離されたみたいだった。
先輩が言った。「隙間は隠れない。空気は正直だ。数字が悪かったら、隙間は必ずどこかにある」。当たり前のことを言っているようで、私はその言葉をしばらく忘れられなかった。図面の上ではどの家も完璧に閉じている。でも空気は図面を読まない。空気は、本当に開いている穴の分だけ、正直に漏れてくる。
隙間は、探し方がある。線香に火をつけて、怪しい場所にそっと近づける。煙がまっすぐ立ち上っていたところで、急に横へ吸い込まれて消える。そこに穴がある。手の甲をかざすと、ひやりと細い風が当たる。皮膚は、目より早く隙間を見つける。サーモカメラを覗けば、冷たい空気の筋が青く流れ込んでいるのが見える。コンセントボックスの奥、配管が壁を貫く部分、サッシの隅。家は、いつも同じ場所から息をしていた。
測定の朝は、養生から始まる。換気扇の口、給気口、レンジフード——本来は空気を通すための穴を、いったん全部テープで塞ぐ。設計上の穴をふさいで、設計にない穴だけを測るためだ。先輩のテープの手際は早かった。ぴっと切って、ぴっと貼る。そのリズムを覚えるのに、私は半年かかったと思う。
数字が出ないとき——つまり隙間が多すぎたとき、現場の空気は重くなる。施工した大工さんが立ち会っていることもある。でも、いい現場ほど、犯人捜しにはならない。「ここ漏れてますね」「あー、配管んとこか。塞ぐわ」。ただ、それだけ。私が穴を見つけ、大工さんが塞ぐ。一緒に塞ぐ。数字を悪者にせず、隙間そのものを相手にする。そういう流儀の現場が、私は好きだった気がする。
昔は、こんな数字、誰も測らなかった。家は雨風さえしのげればよかった。それがいつの間にか、C値が家の性能になった。〇・五を切った、〇・三が出た、と数字を競う時代になった。競争は家を良くした。けれど、数字のためだけにテープで塗り固められた家を見ると、私は少しだけ落ち着かない。家は、生きていくために少しは息をしたいのではないか、と。
あれから十二年、私はずっと隙間の観察者だ。減圧された家のあの静けさと、耳のツンとした感じは、いまも測定のたびに戻ってくる。空気は嘘をつかない。見えない穴を、見える数字にする。あの日の送風機の唸りと先輩の一言が、私をいまの私にしてくれた。今日もどこかの新しい家で、私はファンのスイッチを入れて、その家がどこから息をしているのかを、静かに聞いている。
——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。