冬の、注油(第二稿)
動かなかった年ほど、念入りに油を差す

シオミタクマ(45歳・河川の水門管理員23年)

出水期は六月から十月。その五か月、私は三・二メートルという数字に眠る時間を預けている。十一月に入って川の水位が一・二で動かなくなると、その数字は私を放してくれる。代わりに、別の仕事が始まる。注油と、塗装と、部品交換。冬は、門を動かさないための季節ではなく、動けるようにしておくための季節だ。

巻き上げ機のワイヤーは、撚った鋼線の縄だ。出水期のあいだ雨と飛沫を浴びて、表面のグリスが流れている。私はグリスガンに固いグリスを込めて、縄の谷——撚りの溝——に沿って差していく。固まったグリスを押し出すのは、冬は腕にこたえる。一本の縄を端から端まで差すのに、午前が半分つぶれる。差し終えると、鉄の縄が油を吸って、灰色から黒へ色を変える。

戸当たりのゴムは、門と土台のあいだの、二センチの隙間を埋める部材だ。閉めたときに、ここから水が漏れる。出水期を越えると硬くなるので、指で押して弾力を見る。爪が立つほど硬ければ、替える。古いゴムを外したら、その裏に砂が薄く張りついていた。出水期にこのゴムは水を止めた。砂は、止めた水がここまで来ていた高さの跡だ。私はその砂を指でこすり落として、新しいゴムを入れる。

操作盤の試験は、月に二回と決めている。実際に川を止めるわけではない。起動ボタンを押し、表示灯が緑に変わり、モーターが回り、ゲートが五センチだけ上がって、また下りる。それで終わりだ。だが、この五センチを毎月くり返しておかないと、いざ三・二メートルが来た夜に、門は上がらない。点検記録には、何月何日、動作試験、ゲート上昇五センチ、異常なし、と書く。水位計の前で書く一行と、同じ書き方だ。

いちばん冷えた朝の試験は、音が違う。夏は起動ボタンから半呼吸でモーターが回る。凍る朝は、ボタンを押してから回り出すまでに、一拍ためる。回り始めの唸りは半音低い。油が冷えて重くなっているからだ。私はその一拍を、ストップウォッチを持たずに数えている。長すぎれば、グリスを差し直す。比喩ではない。ためらう時間が、整備の足りないぶんだけ延びる。

点検記録を繰ると、「異常なし」が縦に並んでいる。出水期に一度も門を動かさなかった年は、ほとんどがこの四文字だ。先代はその記録を指して、こう言った。「動かさなかった年の異常なしが、いちばん書くのが難しい」。動かしていないのだから、壊れようがない——そう思って手を抜けば、翌年いざというときに動かない。動かさなかった年ほど、私は念入りに油を差す。記録の四文字は、その手間の量だけ、重い。

冬には、紙の仕事もある。来年の発注書を書く。戸当たりゴム、左右で十二メートル。リチウムグリス、十六キロ。巻き上げ機の予備チェーン一式、型番まで写す。予算要求の書類は、数字が一桁違えば突き返される。現場で混合燃料を五〇対一で量り、閉門を三・二で決めてきた手が、机の上でも数字を一つずつ確かめている。油を差すのも、数字を書くのも、来年の夏に何も起こさないための、同じ一つの作業だ。

冬の川は、水位がいちばん素直だ。一・二メートルのまま、雪の降る日も動かない。見回りの帰り、私はグリスで黒くなった爪を、ストーブの上で乾かしている軍手に近づけて温める。今年の出水期、門は一度も動かなかった。記録は「異常なし」で埋まっている。来年もそうあるように、私は明日もまた、ワイヤーの谷に油を差す。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。