蹄の、角度(第二稿)
弟子入りの年、足元を見る人になるまで

シシドノドカ(37歳・牛の削蹄師15年)

牛の蹄は人の爪と同じで、伸び続ける。伸びすぎた蹄は歩き方を歪め、歪んだ歩き方は乳量を落とし、牛の寿命を縮める。蹄は牛の靴だ。私はその靴を削って整える仕事を、十五年してきた。

二〇一一年、二十二歳の春に親方に弟子入りした。最初の朝、牛舎の戸を引くと、糞とサイレージの匂いが顔に当たった。長靴がぬかるみに沈む。親方は軽トラの荷台から枠場を下ろしながら、振り返りもせず言った。「今日から、足元だけ見てろ」。

枠場は牛を保定する鉄の枠だ。牛を追い込み、ベルトで腹を吊り、削る足をロープで引き上げて固定する。最初の一頭で、私は持ち上げた後肢の重さに腰が落ちた。八百キロは、ただ重いのではない。生きて踏ん張り返してくる重さだ。

削る前、親方は牛を引き綱で十メートル往復させ、じっと見ていた。私が早く鎌を握りたくて足踏みしていると、親方は言った。「蹄を見る前に、歩き方を見ろ。どこが痛いかは、歩き方が先に教える」。その牛がどの足をかばっているのか、蹄しか見ていない私には分からなかった。

削蹄鎌で蹄底を平らにし、ニッパーで伸びた壁を落とし、グラインダーで角度を出す。私の最初の一頭は、外側を削りすぎた。親方が後ろから片手で私のグラインダーを止めた。「内と外、同じ高さで地面に着くように削るんだ。片方低けりゃ、その牛は一生かしいで歩く」。親方が削り直した蹄を、私は角度ごと覚えた。

三頭目の左後肢で、親方が私の手を止めた。蹄底を削り進めると、白い角質の中の蹄踵寄りに、にじむような暗赤色が見えてきた。「血斑だ。蹄葉炎。ここから先は削るな、痛がる」。出血点の手前で刃を止める。削りすぎれば牛が暴れ、削らなければ角度が出ない。その境目を、爪先一枚で測るのだと知った。

削り終えると、親方は酪農家に報告した。「蹄葉炎です」では足りない。「この左後ろ、底に血斑が出てます。濃厚飼料、少し減らせませんか」。原因まで言わなければ、同じ牛が来月もう一度枠場に立つことになる。報告は次の一か月の餌の話なのだと、ノートを取りながら覚えた。

その日の最後の一頭を枠から出すと、さっきまで右前をかばって首を振りながら歩いていた牛が、四本の足を等しく地面に置いて、首を下げずに歩いていった。私はその後ろ姿を見送った。十五年、私の鎌が触れるのは蹄で、変わるのはいつも、その四本の角度だ。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。