シシクラゲン(48歳・遊園地の機械整備26年)
据え付けは、撤去から始まる。新しいコースターを置く場所には、十八年走った古いコースターが立っていた。私が二年目に据えられて以来、いちばん長く触ってきた一基だ。冬の休園期、最後の運行を終えた翌朝、客のいない園で、それを上から順に外していく。台車を抜き、レールを継ぎ目で割り、支柱をクレーンで吊って寝かせる。第三カーブの外側のボルトは、十八年で塩と油が固まり、私のスパナでは緩まず、長いパイプを継ぎ足して回した。寝かせた鉄を、その日のうちにトラックへ積む。
更地になった場所に、まず基礎を打つ。レールを支える支柱は、地面に埋めたアンカーボルトの上に立つ。図面には、支柱一本ごとに据え付けの座標と高さが書いてある。その高さを、ミリで合わせる。支柱がミリ傾けば、その上を走る車両の通り道がわずかにずれる。ずれは継ぎ目ごとの跳ねになり、跳ねは編成全体の振動になって戻ってくる。客が「ガタつく」と言う乗り心地は、たいてい、この冬の基礎のミリから来ている。だから、レーザーの墨を見ながら、ボルトの頭の高さを、何度も測り直す。
新しい機械は、海外のメーカーが造ったものだった。据え付けには、向こうの技術者が二人、来日して立ち会う。図面はすべて向こうの言葉と単位で書かれ、現物と照らすたびに、小さな食い違いが出る。いちばん手間取ったのは、ある支柱の座だ。図面ではボルトが十二本のところ、現物の座には穴が十三あいていた。古い改訂版が一枚、新しい図面に混じっていたのだ。彼が現物の穴を指で押さえ、向こうの言葉で数えていく。十二で止まらず、十三まで数える。私も一緒に数える。数の食い違いだけは、言葉が要らなかった。彼が鉛筆で図面の本数を直し、私がその直しを台帳に控える。
組み上がると、試運転が始まる。客は乗せない。無人の車両を、何十回も走らせる。一回ごとに、各所のセンサーが正しい順で信号を出しているかを見る。区間に車両が入ればその区間の停止信号が立ち、抜ければ落ちる。わざと異常を作って、非常停止が掛かるかも試す。走行中に手元のボタンを押し、編成が決められた区間内で止まりきるかを、ストップウォッチで計る。同じ走りを、飽きるほど繰り返す。無人の車両がカーブを鳴らして通り過ぎる音を、誰もいない観客席のいちばん上の段で、私は何十回も聞いていた。
試運転が固まると、開業前の法定検査がある。検査の日は、書類と実機の両方が審査される。設計の計算書、材料の証明、溶接の記録、試運転の数値。紙の束が、現物と一致していることを、検査員が一項目ずつ確かめていく。私たちが冬じゅう測ってきたミリと、繰り返してきた試走の回数は、すべてこの紙の上に数字として残っている。実機を動かし、その数字どおりに止まることを、検査員の前でもう一度やってみせる。許可は、紙と鉄が同じことを言ったときに、下りる。
初日が来る。最初の客を乗せる朝、整備員は乗り場には立たない。私は、コースの中ほど、いちばん速度の乗るカーブが見下ろせる柵の内側にいる。客の歓声が上がる。その歓声の中で、私が聞いているのは、冬じゅう聞いてきた車輪の音が、客の重さを乗せてどう変わるかだ。無人の試走では出なかった、人を乗せたぶんの沈みと跳ねが、今日はじめて出る。一編成目が、第三カーブを抜けていく。立ち上がりの継ぎ目で、ほかより半拍遅れて鳴く音が一つあった。図面の範囲のうちだ。だが、ここがいちばん早く減る。私は、その継ぎ目の番号を覚えた。
古いコースターの癖を覚えるのに、十八年かかった。第三カーブのボルトが固着することも、その十八年で知った。新しいレールの、どの継ぎ目が先に鳴きだすのか、どの支柱が季節で動くのか、まだ半拍の一つを覚えたきりだ。来年の冬、この機械を年次の検査で分解するとき、私は今日覚えた番号の継ぎ目を、まっさきに見る。客はまだ、それを知らない。