ゴンドラの、座面
休園期の観覧車、機械屋と椅子屋の冬

シシクラゲン(48歳・遊園地の機械整備26年)

観覧車のゴンドラは三十六台ある。一台に四人、向かい合って座る。私はあの輪の軸も、ブレーキも、扉のヒンジも直せる。けれど座面は直せない。布が破れ、中の発泡が潰れて、座ると尻が底につく。機械なら締めれば戻るが、くたびれた座面は締めても戻らない。あれは私の領分ではなかった。夢を支える裏方にも、得意と不得意があるのだと思う。

休園期に入って、発注を出した。冬の二か月、客は来ない。この間に直せないものを直す。座面の張り替えは、毎年見送ってきた仕事だった。三十六台、向かい合いで七十二席。何万人が座ったか分からない布が、どれも同じだけくたびれている。今年こそやる、と課長が決めた。出入りの業者ではなく、椅子の専門に頼むことになった。

来たのは椅子張りの職人で、シオデマモルという人だった。四十七、この道二十五年。私が機械の側から二十六年、座るものの中身を作る側から二十五年。同じくらいの長さを、ちょうど裏表で生きてきた人が、休園日の観覧車の下に立っていた。シオデさんは一台目のゴンドラに入って、座面を手のひらで押した。「沈み方でだいたい分かる」と言った。私がチェーンの音で分かるのと、たぶん同じことだ。

シオデさんは座面を見て、まず生地の話をした。遊具の座面は、劇場の椅子とも、家の椅子とも違う。屋外だから、日射で焼け、雨で濡れる。子供が靴のまま立つから、爪先で擦れる。劇場の椅子は暗がりで大人が静かに座るだけだが、ここの座面は、晴れた日も降られた日も、靴の裏も全部引き受ける。「同じ椅子張りでも、ここは仕様が違う」と言われて、私は少し誇らしいような気がした。

生地は難燃と防水のものを使う。遊戯施設には規格があって、燃えにくさにも、水の通しにくさにも、決められた基準がある。シオデさんは生地のロールと一緒に、何枚かの証明書を持ってきた。試験の番号と数値が並んでいる。私のほうにも、車軸の検査記録や、ワイヤーの証明書がある。職業が違っても、証明書というのは同じ言葉で書かれているのだなと思った。数字で、大丈夫だと言うための紙だ。

作業は分担した。座面を外すのは私だ。ゴンドラの床にどう留まっているかは、機械の側がいちばん知っている。私が座面を外してシオデさんに渡し、シオデさんが古い布を剥がして新しい布を張り、私がまた留める。彼の手元には、見たことのない工具があった。布を引っ張って留めていく道具を、信じられない速さで打っていく。シオデさんも、私が座面の取り付けを締めるトルクレンチを、横から黙って眺めていた。互いの工具を見るのが、少しおもしろかったのだと思う。

張り上がった一台に、シオデさんを乗せて、私は観覧車を一周回した。座り心地の試乗だ。客のいない冬の空に、職人を一人乗せたゴンドラがゆっくり上がっていく。頂点でシオデさんは、新しい座面の上で、何度か座り直していた。降りてきて「いい」と一言だけ言った。私は淡々と次のゴンドラを呼んだ。試運転を、私はいつもこうやってきた。

二か月で七十二席を張り替えた。春になれば、また何万人が座る。誰一人、座面が新しいことに気づかないだろう。気づかれない仕事が、ここで二つ重なったのだ。機械を直す私と、座るものを作るシオデさん。裏方と裏方が手を組んだ、悪くない冬だったと思う。次の客のための、誰も気づかない座面が、いま三十六台、春を待っている。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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