昭和の百貨店の館内放送
消えた敬語の風景

ワタナベ(65歳・元会社員)

昭和の終わり頃、私はまだ若手社員として、休日はよく百貨店へ足を運んだものです。当時、そこはまさに夢のような空間で、売り場を彩る商品もさることながら、私の耳に心地よく響いたのが、独特な館内放送でした。厳かな声で「お客様、お呼び出しを申し上げます。〇〇様、一階ご案内カウンターまでお越しくださいませ」と流れると、店内のざわめきが一瞬静まり返り、皆が耳を傾ける。そんな光景が、今はもう遠い昔の話のように思えます。

特に印象的だったのは、迷子のお知らせでしょう。「迷子のお子様がおられます。赤い帽子に青い服をお召しになった、おおよそ五歳くらいの男の子でございます。心当たりのあるお客様は、お近くの係員までお申し出くださいませ」。あの丁寧な言い回し、そして親御さんの不安に寄り添うような、しかし決して感情的にならないプロの語り口。それが、百貨店の「おもてなし」の象徴だったように感じます。それは単なる情報伝達ではなく、格式と信頼を醸し出す、一種の儀式でもありました。

しかし、いつの頃からか、あの特徴的な館内放送を聞く機会はめっきり減りました。もちろん、今は携帯電話という便利な道具があり、人が人を探す手間は格段に減った。それが大きな理由の一つであることは間違いありません。しかし、それだけではないように感じています。時代とともに、人と人とのコミュニケーションのあり方、そしてサービスに対する考え方そのものが大きく変わったのではないでしょうか。

かつては、百貨店側がお客様に対し、丁重に、そして一方的に語りかけるのが「良し」とされていました。しかし、現代では、より個人的な対応、必要最小限の情報伝達が求められるようになりました。フロア中に響き渡る呼び出しは、時にプライバシーの侵害と受け取られかねない。そうした時代の変化に、百貨店もまた適応していったのだと理解しています。効率化やコスト削減といった側面もあったでしょう。

また、店舗の構造も変わりました。かつての百貨店は、各フロアが独立した空間として認識され、それぞれの売り場に専門の係員が常駐していました。全体への放送が有効な手段だったのです。しかし、現代の商業施設は、よりオープンで流動的な空間設計が主流です。個別の店舗が林立し、全体放送が馴染まないケースも増えた。空間の変化が、コミュニケーションの形を変えた一因とも言えます。

あの頃の百貨店の館内放送は、まるで演劇のセリフのように、耳に残る美しい日本語でした。それは、高度経済成長期の日本が育んだ、ある種の豊かさや余裕の象徴だったのかもしれません。消えてしまった「敬語の風景」は、少し寂しくもありますが、それはそれで新しい時代の百貨店が、顧客と向き合う新たな方法を見つけた証なのだと、今は静かに受け止めています。変わらないものなど、世の中にはそう多くはないのだと、改めて実感するばかりです。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。