天井裏の、夏
外が三十五度なら、その上は五十度を超える

ソメヤリツ(49歳・エアコン取付職人25年)

夏になると、人の家の天井の上に上がる仕事が増える。隠蔽配管、天井埋込型。配管を壁の中ではなく天井裏を通して隠す工事だ。窓の外には入道雲が高くわいていて、現場へ向かう車の中には、これから始まる暑さの予感が静かに満ちていた。

点検口は、たいてい押し入れの天井か、廊下の隅にある。四角いボードに指をかけて、上へ押す。少し持ち上げてから、斜めにずらして横へ抜く。まっすぐ引いても枠に引っかかって出てこない。ずらして、抜く。その順番を体が覚えている。蓋を外すと、上から熱い空気が顔に落ちてくる。外が三十五度の日、天井裏は五十度を超える。屋根が一日浴びた熱が、そっくりそこに溜まっている。

頭から潜ると、世界はヘッドライトの灯りだけになる。天井のボードは人の体重で抜ける。だから乗っていいのは梁の上だけだ。野縁の細い木の上を、膝と手のひらで体重を散らしながら渡っていく。断熱材のグラスウールが、軍手の隙間から入って腕をチクチク刺す。汗で貼りつくと、もう一日中それが取れない。長袖を着ていても、夏の天井裏では汗が先に勝つ。

暗がりの中を進むと、家の履歴が落ちている。前の工事で切って余った配線が、束ねられたまま梁に引っかけてある。ネズミが通った跡——黒い粒と、断熱材を掻き出してこしらえた巣。誰かが置き忘れたウォーターポンププライヤーが一本、埃をかぶって転がっている。何年前の誰のものかもわからない。天井裏で見る家は、住んでいる人の知らない家だ。下では家族が涼んでいて、その頭の上にこういう時間が積もっていることを、誰も知らない。

通線という作業がある。隠蔽配管の通り道に、まず通線ワイヤーという細い針金を送り込み、その先に冷媒管とドレンと渡り線をくくりつけて、反対側から引く。曲がりの多い天井裏では、ワイヤーが途中で梁や別の配管に引っかかる。少し戻して、角度を変えて、また送る。見えない道を、手の感触だけで探る。引っかかったワイヤーが、ふっと軽くなって先へ進む瞬間がある。通ったな、とわかる。その手応えは、壁に針を刺して空洞を当てるときのものと、どこか似ている。

夏の天井裏には段取りがある。十分上で作業したら、五分降りて水を飲む。点検口から足を先に出して、梁を探りながら降りる。蓋の四角い枠から顔を出すと、居間の冷気がふっと顔に当たる。さっきまで五十度の中にいた体に、その涼しさは少し痛いくらいだ。塩タブレットを一粒なめて、また上がる。軍手を絞ると、汗が垂れる。そういう夏かもしれない、と思う。

何年か前、同業の男が天井裏で倒れた。一人で上がって、熱中症で動けなくなって、降りられなくなった。下にいた施主が異変に気づいて、大事には至らなかったと聞いた。それからうちは、夏の天井裏は二人一組と決めている。一人が上がるあいだ、もう一人は必ず点検口の下にいる。声をかけ合う。返事が遅れたら、すぐ上がる。見えない場所で人が黙るのは、いちばん怖い。

作業を終えて点検口の蓋を戻す。斜めに入れて、枠にはめて、押し上げてから落とす。下から見れば、ただの白い四角い板だ。配管が通ったことも、僕が五十度の中を膝で這ったことも、ボードの裏側には何も見えない。家族はまた、その下で涼む。誰も天井の上を見上げない。

天井裏は、家のもう一つの顔なのだと思う。住む人が見る家と、僕が見る家は違う。表の涼しい部屋の上に、誰も知らない五十度の夏が積もっている。見えないところに上がる仕事を通して、僕はいまの僕になったのだろう。いちばん暑い場所にこそ、家のいちばん長い時間が眠っている。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。