ひごの、幅
工房に入った年、籠の出来はどこで決まるかを知った日

スガヌマカリン(35歳・竹細工職人13年)

竹細工の仕事を十三年続けている。竹を割り、剥ぎ、ひごにして、籠やざるに編む。竹のぬくもりに包まれたこの仕事を選んだことを、私は一度も後悔したことがない。手のひらに残る青竹の匂いは、何ものにも代えがたいものだと思う。

二〇一三年、二十二歳の春に、竹の産地の工房に入った。最初の半年は、編むことすら触らせてもらえなかった。竹を運び、油を抜き、天日に干す。割った竹を水につけ、また干す。地味な下ごしらえの毎日だったように思う。けれど竹は、干し方ひとつで色も粘りも変わる生きものだった。

親方は寡黙な人で、めったに褒めなかった。ある日、私が編み目をひとつ覚えて得意になっていると、親方は私の手元を見ずに言った。「編むのは誰でも覚える。ひごが作れたら一人前だ。籠の出来は、ひごで決まってる」。それだけだった。私はしばらく、その言葉の意味を考えていた。

竹割り包丁を握ってみて、わかった。一本の竹を、同じ幅、同じ厚みのひごに割り続けることが、どれほど難しいか。幅が〇・五ミリ揺れれば、編み目はそこだけ詰まる。厚みが揺れれば、籠は曲がる。編みは設計図で、ひごは精度なのだと、手が先に教えてくれた。竹は、嘘をつかない素材なのかもしれない。

ひごには面取りという仕事がある。割ったままの竹の角は鋭くて、籠の縁を素手で触れば指を切る。だから縁になるひごは、角を細く削ぎ、丸める。使う人の指のために、見えないところを整える。私は最初、この一手間を省きたくなった。仕上がりには見えないのだから。親方の籠を裏返して縁を撫でたとき、自分の浅さを知った。

編み目には文法がある。四つ目は風と光を通し、六つ目はさらに軽く、網代は目が詰まって水も米も漏らさない。米研ぎざるは網代で編み、梅干しを干すざるは六つ目で編む。用途が編み目を決め、編み目が強度を決める。文法を間違えれば、その籠は使われずに棚で埃をかぶる。

農家からは今でもざるの注文が来る。米研ぎざる、梅干しざる。彼らは籠を消耗品として使い、縁がほつれれば直しに持ってくる。三年で買い替える人もいれば、二十年使う人もいる。一方で、近年は雑貨としての竹籠やパンかごのブームがある。飾るための籠と、使うための籠。私は民具と雑貨の、ちょうど境目に立っている。

あれから十三年、私はひごの幅の観察者になった。市場で他人の籠を見ても、まず縁を撫で、目の詰まりを見て、ひごの揃いを確かめてしまう。竹細工は、いまや消えゆく伝統工芸だと言われる。けれど一本の竹を割るあの感触は、人の手にしか宿らないものだと、私は信じている。

籠の出来はひごで決まる、と親方は言った。いまならわかる。ひごの幅を揃え続けたあの修業の日々が、私をいまの私にしてくれたのだ。今日も工房には、青竹の匂いと、竹を割る乾いた音が、静かに満ちている。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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