気象台の、電話(第二稿)
天気の数字の、出どころを訪ねる

タチアラシユウト(39歳・球場のグラウンドキーパー17年)

確率三十パーセントの午後に、私はシートを畳んだ。降らないと踏んだ。畳み終えたころに降ってきて、内野は翌朝まで重かった。それからレーダーの数字を、自分の手の読みと並べて見るようになった。雲の高さと色で、私は撒くか撒かないかを決める。画面は青で塗り、白で残す。両方が同じことを言う日は撒く。食い違う日は、空を二度見る。あの三十パーセントは、どこの誰が出した数字なのか。

その出どころを見たかった。球団が地域の防災研修の枠を持っていて、近くの気象台に行けると聞いた。整備班から一人、という枠に手を挙げたのは、あの濡れた内野の数字が、どの部屋で作られたのかを知りたかったからだ。申し込みの紙に「グラウンド整備」と書いた。

気象台の裏手に、芝を張った一画があった。白い柵で囲ってある。露場、というらしい。芝は十二ミリほどに短く刈られ、刈り目が一方向に通っていた。私はそこを見ていた。柵は腰の高さで、跨げばすぐ入れる。それでも誰も跨がない高さだ。守るためではなく、踏ませないための柵だと分かった。中を踏めば、土が締まり、計器の足元が変わる。柵の意味は、土を守る私の側からよく分かった。

案内はヒナタアズサさんという観測補助の人だった。温度計の前で、ヒナタさんは自分の目の高さを手で指した。「地上から一・五メートル。顔のあたりです」。雨量計は、受け口がちょうど私のヘルメットくらいの直径で、入った雨を下の枡が傾いて数える仕組みだった。ヒナタさんは枡を指で軽く傾けて見せた。〇・五ミリで一回、かたん、と倒れる。土をならすトンボの幅を半歩で測る私には、その一目盛りの決め方が、妙に近く感じられた。

ひととおり聞いてから、私は訊いた。「夕立の三十分前に、分かる方法はありますか」。何度も読み違えてきた、あの三十分のことだ。ヒナタさんは枡から指を離し、真顔になって言った。「三十分前に確実に、とは言えません」。レーダーに映る前の雲の芽は、まだ数字にならないのだと。観測の側の人が、自分の限界をこう言い切るとは思わなかった。その真顔だけ、持って帰った。

帰り際、互いの測り方の話をした。私は土を握って、崩れ方で含水率を当てる。ヒナタさんは枡で雨を数える。ヒナタさんが言った。「手で当てて、外したことは」。ある、と私は答えた。あの三十パーセントの日も、手では撒けと出ていたのに、画面を信じて畳んだ。私の手も、画面も、その日は両方外れた。ヒナタさんは枡の数字を見て、「うちのも、外します」と言った。それ以上は、二人とも言わなかった。

それからときどき、台風の前の晩に、私は気象台に電話をかける。公式の予報は誰でも見られる。私が訊くのはその外側だ。「このへんの雨、何時ごろがいちばん強そうですか」。ヒナタさんは確実なことは言わない。けれど一度、「夜中の二時、いま枡が速いです」と言った。画面のどの数字にも、その言い方は乗っていなかった。私はその晩、シートを早めに寄せた。

今日も試合前、私は空を見上げる。雲の高さと色を読む。それからしゃがんで、土を握る。固まって、ほろりと崩れる。空のことは、相変わらず半分しか分からない。分からない半分の出どころに、枡を傾ける人がいるのを、いまは知っている。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。