使用量が、半分になった家(第二稿)
前回比の数字が、玄関より先に教えてくること

タチバナコウヘイ(41歳・水道検針員18年)

順路の家の前で端末を起ち上げると、前回値が画面の上に出る。蓋を開け、黒い五桁を打つと、端末が差を引き算して、検針票の「前回比」の欄に刷る。一の位が飛んでいないかだけ確かめて、蓋を閉じる。私の仕事は、この引き算の手伝いだ。家の中は見ない。見るのは、足元の数字だけだ。

坂の中ほどの家。前回値、二十二。私が打った今回が、十一。前回比の欄に「-11」と刷れた。半分。引き算は割り切れていた。私は端末の画面で、その割り切れる数字を二度見た。仕事の数字は、たいてい割り切れない。割り切れたときだけ、手が一拍遅れる。

蓋を閉めて立ち上がると、表札が目に入った。見ないことにしているが、立ち上がる動作のちょうど高さに、表札はある。先々月まで二つあった名字が、一つになっていた。古いほうの札があった場所に、釘が二本、頭だけ残っていた。私はその釘を見て、一人いなくなったのだと思った。思ってしまってから、しまった、と思った。私は数字から物語を作らない人間のはずだった。釘を見て、もう作っていた。

半分になった家は、たいていそのまま続く。次の検針で前回比はほとんど動かず、十一、十、十二と、一人分のあたりに落ち着く。だが、半分よりさらに減る家がある。前回比の欄に「-3」「-3」「-2」と、引かれる幅そのものが回ごとに小さくなり、やがて引く数がなくなる。前回値と今回値が、同じになる。動かない数字を打つとき、私は打っているのか確かめているのか分からなくなる。そういう家には、いつか青いキャップが来る。

閉栓は私の仕事ではない。別の部署の作業員が来て、一次側に青いビニルのキャップをはめ、水を止める。私はその家の最後の検針票を、誰もいないポストに落とすだけだ。「ご使用中止に伴う最終のお知らせ」。読む者のいない票を入れる。少し前まで、この家の前を通ると犬が吠えた。今は吠えない。吠えられないと、自分がそこを通ったことが、誰にも記録されない気がする。

倍になる家もある。前回値、八。今回、十九。前回比「+11」。蓋を閉めて立ち上がると——また、立ち上がる高さに表札はある——名字が二つに増えていた。新しいほうの札は、釘がまだ光っていた。私はそこで、増えたほうの物語も作りかけて、やめた。やめられた。釘の光だけ覚えて、次の家へ歩いた。半分の家では作ってしまい、倍の家では作らずにすんだ。その差が何なのか、私には分からない。

去年、順路表が刷り直された。閉栓になった番地がいくつか黒く塗りつぶされ、末尾に新しい番地が書き足されていた。黒い塗りつぶしの位置を、私は順路の足の運びで覚えている。ここで一度しゃがむ、ここで犬、ここで坂。塗りつぶされた家の前でも、私の足はまだ一度しゃがむ癖が残っていて、蓋のない地面の前で、行き場のない動作だけが余る。

今日も、前回比の欄に数字が刷れる。「-11」を私は二度見た。あの釘の跡を、まだ覚えている。十八年、何万件の差を打って、ほとんど忘れた。覚えているのは、つい物語を作ってしまった家のほうだ。

← 第一稿
辛口レビュー
← シリーズ目次に戻る

このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。