雨の日の、客
雨は修理を呼び、同じ手で修理を拒む

タチカワゴロウ(68歳・靴修理職人45年)

雨音がブースの屋根を叩きはじめると、私はいつもより早く客が来ることを知る。晴れた日にはまだ履けていた靴が、雨の日には限界を迎えるからだ。底の剥がれは、乾いているあいだは隠れている。水が入ると、一気に口を開ける。

接着剤は、湿気に弱い。乾いた日なら数時間で食いつく糊が、雨の日は半日置いても白いまま、何も掴まない。だから雨の日に持ち込まれる靴の半分は、その場では直せない。剥がれて口を開けた靴底を、私は手に取って、糊刷毛を当てる前から分かってしまう。これは、今日は乗らない。

「乾かしてから、もう一度来てください」。私はそう言って、靴を返す。客は濡れた靴をまた履いて、雨の中へ出ていく。応急で、ゴムバンドを一本、剥がれたつま先に巻いてやることもある。それで駅までは保つ。あくまで、駅までだ。

ドライヤーは、使わない。早く乾かしてやりたい気持ちはあるけれど、熱を当てると革が縮む。縮んだ革は、もう元の形に戻らない。客の足に合っていた靴が、私の親切で合わなくなる。だから私は、待つことを勧める。修理屋が、何もせずに待てと言う。雨の日だけの、奇妙な仕事だ。

傘で片手が塞がった客は、靴の脱ぎ履きに難儀する。ブースの軒先は狭くて、傘を畳む場所もない。私は台の脇の傘立てを指して、それから客の肩を支えてやる。年を取った客ほど、片足立ちが危ない。濡れた靴を脱ぐとき、靴下まで湿っているのが指に伝わる。

不思議なもので、雨の日に「乾かしてから」と帰した客の、半分は戻ってこない。靴が乾くと、剥がれが気にならなくなるのだ。雨の日に感じた切実さは、晴れた日には蒸発してしまう。直さなければと思った靴を、人はまた、履きつづける。次の雨まで。

翌日の晴れた日、戻ってくる客の顔は、決まって少し決まりが悪い。「やっぱり、お願いします」。乾いた靴を差し出す手が、昨日より落ち着いている。そういう靴は、よく食いつく。乾いた革に、乾いた糊。雨の日にはできなかったことが、嘘のようにできてしまう。

雨は、修理屋の天敵で味方なのだ。剥がれを暴いて客を連れてくるのは雨で、その客の靴を直せなくするのも、また雨だ。需要を作り、同時にそれを不可能にする。四十五年、私はこの矛盾した天気と付き合ってきた。雨の日のブースは、いつもどこか宙ぶらりんだ。

今日も雨だ。屋根を叩く音を聞きながら、私は誰かの剥がれた靴を手に取って、糊が乗らないことを確かめ、ゴムバンドを一本巻いて、「乾かしてから」と返す。半分は、戻ってくる。半分は、戻ってこない。それでいいのだと、思うことにしている。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。