ビンと、パック(第二稿)
重い容器を選ぶ家のこと

タカヤナギメイ(29歳・牛乳配達7年)

販売店に着くのは三時半。保冷箱に氷を敷き、ルート表の順に積む。私の区域は四十一軒。そのうち瓶が十二軒、あとはパックだ。指が覚えている。瓶のところで一度しゃがむ。回収かごを下ろし、空き瓶を入れ、新しい一本を置く。パックは立ったまま、入れて閉めて、次へ行く。

パックは入れて終わり。空けば家庭ごみに出されて、私の手には戻らない。瓶は戻る。回収して、店で洗って、また満たして、翌朝また同じ受け箱に置く。一本の瓶が、私の手とその家のあいだを、何百回も往復する。パックは一度、瓶は何百度。私が触る回数が、いちばん多いのは瓶だ。

瓶の家は止めない。私が配り始める前から瓶だった家が、十二軒のうち七軒ある。いちばん古いのは、店の台帳で二十二年。パックの家は、入れ替わる。春に「来月から止めます」のメモが受け箱に入り、夏には別の表札になっている。重い瓶を洗って返す家ほど残り、軽いパックの家ほど消える。集金のとき、瓶のお宅の奥さんに理由を聞いたら、「もう長いこと瓶だからねえ」と笑って、それきりだった。理由は、もう本人にも分からないくらい古いのだと思う。

フタが変わった。昔は厚紙の丸いフタで、針のような道具で中心をくいっと押し抜いた。いまは多くがアルミで、端をつまんで剥がす。ある朝、瓶の家のお母さんが、受け箱に紙の切れ端を残していた。「子どもが開けられませんでした」。前の日のフタが、剥がしかけのまま瓶の口に半分残っていた。小さな指が、つまんで、滑って、また指でこすった跡。途中で誰かが代わったのか、最後の半分は大人の爪のあとで、きれいに剥がれていた。私はそのフタを回収かごに入れて、新しい一本を置いた。

瓶は割れる。一年目に一度、自転車を傾けてケースごと倒した。アスファルトに白が広がって、ガラスが散った。割れた瓶は軍手で拾い、新聞紙にくるんで持ち帰る。回収かごの中で、洗って返ってきた瓶と、割れた瓶は分けて置く。同じ工場から出た同じガラスが、片方は二十二年往復し、片方は一年で終わる。割れた瓶の重さは、無事な瓶と変わらない。手のひらが、それを知っている。

夏の受け箱は、朝でも蒸す。パックは紙だから、ぬるくなっても見た目は変わらない。瓶はガラスだから、汗をかく。蓋を開けると、瓶の表面に水滴がびっしりついて、受け箱の底板が濡れている。指で持つと、すべる。両手で抱えて、回収かごへ移す。汗をかいた瓶は、いつもより重い。中身は同じはずなのに、夏の瓶は重い。

七年で、瓶の家のほうがよく記憶に残る。一本ずつは覚えていない。覚えているのは、二十二年の家が今朝も洗って伏せて返してきた一本と、剥がしかけのフタの半分と、夏に汗をかいて重くなる一本だ。パックは音もなく入れ替わり、瓶は同じ受け箱に居続ける。今日も三時半に氷を敷いて、十二軒のところで、私はしゃがむ。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。