受け箱の、空き瓶
配達一年目、町の朝を読みはじめた日

タカヤナギメイ(29歳・牛乳配達7年)

夜が明ける前の町を、一軒ずつ回る仕事をしている。販売店に着くのは三時半。保冷箱に氷を敷き、その日のルート表の順に瓶とパックを積んでいく。瓶は重くて、ぶつかると鳴る。パックは軽くて、音がしない。最初の家の受け箱を開けるころには、まだ空はすっかり暗い。

配達という仕事は、誰にも会わない。客は眠っている。私は受け箱の蓋を開けて、新しい一本を入れ、前の日の空き瓶を回収して、また蓋を閉める。それだけだ。声をかけることも、顔を見ることもない。会わないのに、毎朝そこへ行く。妙な仕事だと、一年目の私は思っていた。

気づいたのは、二〇一九年の、たしか梅雨に入るころの朝だったと思う。受け箱を開けて、空き瓶の出し方が家ごとに違うことに、急に目がいった。ある家の瓶は、洗って、口を下にして伏せてある。水滴の一つもない。別の家の瓶は、飲みっぱなしのまま、白い膜が内側にうっすら残って、口を上に立ててある。それまで何百回も開けていた蓋なのに、その朝はじめて、瓶が違う顔をしているのが見えた。

空き瓶は、配達員への唯一の返信なのだと、そのとき分かった。会わない相手から、毎朝、瓶が返ってくる。洗って伏せてある瓶は、几帳面な人の家。立てたままの瓶は、朝が忙しい人の家。返ってくる瓶の出し方で、その家の暮らしが、少しだけ読めてしまう。読むつもりなんてなかったのに、手が蓋を開けるたびに、勝手に読んでいた。

瓶にメモが添えてあることもある。輪ゴムで、小さく折った紙が留めてある。「来週から一本減らしてください」。それだけ。子どもが家を出たのかもしれないし、誰かが入院したのかもしれない。私には分からない。分からないけれど、一本減るというのは、その家で何かが動いたということだ。瓶は、家の都合をいちばん早く知らせてくる。

いちばん覚えているのは、空き瓶が出てこなくなった家のことだ。ある一人暮らしのお年寄りの受け箱で、入れた牛乳がそのまま残っていた。次の朝も、前の日の分とその日の分が並んでいた。受け箱の中に牛乳が溜まりはじめたら販売店に知らせる、という決まりがある。見守り契約というもので、店から安否の確認の連絡をすることになっている。私は店長に伝えた。あとのことは、私は知らされない。ただ、数日して、その箱はまた一本ずつ空くようになった。

雨の日は、受け箱の蓋が重い。濡れた木の蓋は膨らんで、片手では開かない家もある。そういう朝に、伏せた空き瓶の底に溜まった雨水を、そっと捨ててから回収する。誰も見ていない。見ていないけれど、たぶんこれが、私のできる返事なのだと思う。会わない相手と、瓶でだけ交わす、短い手紙のようなものなのかもしれない。

年末には、店から配る挨拶のタオルを受け箱に入れる。一年のあいだ、瓶を返してくれたことへの礼だ。タオルの下に、洗って伏せた空き瓶が一本。私はそれを回収して、新しい一本と、タオルを置く。夜明けの空がうっすらと白んできて、町はまだ眠っている。誰も気づかないところで、一年が静かに終わっていく。

あれから七年、私はずっと受け箱の観察者になった。会わない町の、誰よりも早い朝を、私は知っている。洗ってある瓶、立てたままの瓶、メモのついた瓶、出てこなくなった瓶。空き瓶が、私をいまの私にしてくれた。今日も三時半に氷を敷いて、私はルート表の順に、町の返事を一通ずつ受け取りに行く。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。