辛口レビュー
——『#11 GW前のホームルーム』第一稿について

※本エッセイおよび本レビューは すべて創作 です。登場人物・学校・出来事はすべて架空のものであり、実在のいかなる個人・組織・事案とも関係ありません。

横山研のエッセイ制作は、下書き→辛口レビュー→書き直しの3稿構成を標準とする。本稿はタケウチソウタの日記シリーズ第10話の第一稿への外科的指摘。17歳の一人称の自然さ、過去9話との連続性、「有意義」の解剖の鋭さ、サカモトとのLINEのリアリティ、担任の人物像、その他LLM臭。順に挙げる。

結論として、第一稿は「黒板の有意義」「紙3枚で休みを定義」「ふつうでした」「コンビニの3秒の会釈」という所作の核を持っており、骨格は強い。一方で、書き手が17歳らしくない言い回しに滑る箇所と、解説臭が滲む箇所、サカモトのLINEがやや一本調子という弱点がある。以下7点を指摘する。

総評

強み

弱点(以下、個別に指摘する)

  1. 「無意義」という固い熟語の17歳らしくなさ
  2. 「命令を善意に着替えさせるカード」の解説臭
  3. サカモトのLINEが同調役に寄りすぎ
  4. 第6章「5連休、実行」の日付列挙が機械的
  5. 「『ふつう』は『有意義』と『無意義』の二択から逃げる言葉だ」の教訓化
  6. 「本来の場所に戻る言葉」の大人びた断定
  7. 担任の善意が描かれていない
1.「無意義」という固い熟語の17歳らしくなさ

第2章末尾「だから『無意義』になる」。第5章「『無意義な5連休』を選んでるんじゃない」。最終章近く「『有意義』と『無意義』の二択を、まず疑ってる」。

「無意義」、17歳が使う言葉ではない。新聞の社説か、よくて大学のレポートの語彙。タケウチは1〜9話を通じて、固い熟語を避けてきた書き手である(#8「ガムテープごと、べりっとやれば終わる」など、所作で書く)。急に「無意義」と書くと、書き手が大人にすり替わって見える

処方:「無意義」を全部別語に置き換える。「有意義じゃない」「ムダ」「カスみたいな時間」「何でもない時間」あたり。タケウチの語彙圏にある言葉で。「『有意義』と『無意義』の二択」は「『有意義』と『有意義じゃない』の二択」でいい。少し冗長になるが、そっちのほうが17歳のリズムに乗る。

2.「命令を善意に着替えさせるカード」の解説臭

第3章「『有意義に過ごしなさい』も、よく聞くと『あなたのため』と同じ構造をしてる。命令を善意に着替えさせるカード」。

「着替え」は#6でソノダから教わった概念。引用するのはOK。だが「命令を善意に着替えさせるカード」という整理された言い切りは、17歳が放課後のLINEの最中に出す言葉ではない。レビュアーが書いた要約を、本文に貼り付けたような味になる

処方:もう少し砕く。「ソノダさんが前に言ってた『着替え』ってやつ、たぶんこれもそれだ」「『有意義』も『あなたのため』と仲間っぽい」程度の言い方に。整理しすぎない。タケウチの内省は、整理の途中であるほうがリアル。

3.サカモトのLINEが同調役に寄りすぎ

サカモトの返信が「うん」「便利すぎ」「は?」「それただのダメ人間じゃん」「ガチで何もしないの?」と、ほぼ全部タケウチの話題を受ける役割に終わっている。

サカモトは他作(sakamoto-01〜05、sakamoto-festival等)で自前の観察と言葉を持つキャラとして書かれているはず。本作のLINEは、彼女がタケウチの思考の壁打ち相手として消費されている。サカモトの母が同じことを言うという情報は重要だが、その後のサカモト側の独自の見立て(「うちの母の場合は『将来のために』もくっつくよ」など)が一つ欲しい。

処方:サカモトの発言を1つだけでいいから、彼女自身の観察に変える。たとえば「『有意義』って、大人が休みに使う唯一の褒め言葉じゃね」とか「うちの母、平日にも『有意義』って言うけど、休みのほうが圧が強い」とか。タケウチに同調するのではなく、横から別の角度を投げる。それで往復になる。

4.第6章「5連休、実行」の日付列挙が機械的

「26日、土曜。寝た。」「27日、日曜。マンガ読んだ。」……以下、6日分が同じリズムで並ぶ。

意図はわかる。「報告できる中身がない5連休」を、形式的にも淡々と並べることで再現する。だが現状は表組みのような均質さで、6日全部を読む動機が読者側に持たない。リズムを崩すか、1日だけ少し膨らませる必要がある。

処方:28日のコンビニの行は最終章の核なので、ここで少し濃く書いてOK(雑誌は何の雑誌だったか、店員さんは何歳くらいだったか、レジの音、など2行だけ追加)。最終章のコンビニ回想と二重に来ると重複だが、第6章はその瞬間まだ意味づけされてない記録として書いて、最終章で意味が後追いするように二段構えにする。それ以外の日は今の短さでよい。

5.「『ふつう』は二択から逃げる言葉だ」の教訓化

第7章末尾「『ふつう』っていうのは、『有意義』と『無意義』の二択から逃げる言葉だ。逃げ、っていうかたぶん、本来の場所に戻る言葉。」

これは構造の解明としては正しい。だが、教訓を読者にきれいに渡しすぎる。タケウチの過去9話の閉じは、もっと中途半端に終わる(#1「『1-3』にしたことを、ちょっとだけ気に入ってる」、#8「日記はいい。たぶん」、#9「たぶん、また行くと思う。図書館。たぶん」)。解明が早いと、読者の解釈する余地を奪う

処方:「逃げる言葉だ。逃げ、っていうかたぶん、本来の場所に戻る言葉」は削る。「『ふつう』って、答えになってないようで、なんか、いちばん近かった気がする。」程度に止める。意味づけを完成させない。

6.「本来の場所に戻る言葉」の大人びた断定

5の続きでもあるが、独立して挙げる。「休みは、もとはそういうものだったはずだ。動いてなくてもよくて、報告しなくてもよくて、紙に書けなくてもよかったはず。」

「もとは」「本来」「〜のはず」。歴史を断定するこの口ぶり、17歳が背伸びして大人を真似た口ぶりに見える。タケウチは普段、「たぶん」を多用して断定を避ける書き手。ここだけ急に断定が連続する。

処方:削るか、断定を弱める。「動いてなくてもいい休みって、たぶん昔は普通にあった気がする。今もたぶんある。俺の知らないところに」程度に。あるいは段落ごと削って、「ふつうでした」の六文字に余韻を任せる。

7.担任の善意が描かれていない

第1章で「うちの担任、悪い人じゃない。むしろ生徒思いだと思う。職員室で進路相談に乗ってくれるし、誕生日に名前覚えててくれるし」と一行ずつ並べてある。これは情報としての断りであって、担任の善意を読者に体験させていない

担任は本作の「呪い」を発する人だが、悪役ではない。本作の構造上、担任の善意がリアルに伝わっていないと、「呪い」の重さが伝わらない(善意が檻になる構造は本来そういう構造のはず)。連休明け、担任が「タケウチは? 有意義に過ごせた?」と俺の方を見て名指しするのは、たぶん担任が本当にタケウチを気にかけてるからこそだ、という解釈の余地を一行残せる。

処方:連休明けの第7章で一行足す。「担任が俺の方を見たのは、たぶん、3月の進路相談で俺が迷ってたのを覚えてたからだと思う」とか、それくらい。担任の善意の真正性を、所作で1つ示す。第1章の説明的な一行(「悪い人じゃない、むしろ生徒思い」)は、その分削れる。

書き直しの方針

削る:「無意義」(全置換)、「命令を善意に着替えさせるカード」(砕く)、第7章末尾の教訓化2文(「逃げる言葉だ」以下)、第1章の「悪い人じゃない、むしろ生徒思い」の説明的列挙(一部)。

足す:サカモトの自前の観察を1つ、第6章28日のコンビニ描写の濃度を少し(最終章と二段にする)、連休明けの担任が俺を名指しする理由の1行(担任の善意の真正性)。

保つ:開幕のチョークと沈黙、紙3枚の定義、SNSと担任の有意義の同型、サカモトの「句読点まで一致」、ふつうでした、コンビニの3秒の会釈、最終段の「日記はいい。たぶん」のシリーズ慣用句。

タイトルは『#11 GW前のホームルーム——「有意義な5連休を」という呪い』で据え置き。

レビュアー・横山研編集部(ソノダマリ+キリシマミサキ+ハヤシアヤカの連名)

本サイトの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。