※本エッセイはすべて創作です。登場人物・学校・出来事はすべて架空のものであり、実在のいかなる個人・組織とも関係ありません。
4月25日。金曜日。6時間目のホームルーム。
担任が黒板にチョークで書いた。コツン、コツン、と音を立てながら。
「有意義な5連休にしましょう」
教室、しーんとした。誰もメモしてない。でもみんな、なんとなく、その文字を見てた。
担任が言った。「明日からゴールデンウィークです。5連休、長いようで短いです。有意義に過ごしてください」。
はい、って何人かが言った。俺は言わなかった。
「有意義」って何だろう。
たぶん、寝てるだけじゃダメってことだ。マンガ読んでるだけじゃダメ。スマホいじってるだけじゃダメ。何かをしないと「有意義」にならない。
何を。
担任は続けて言った。「読書、進路調査、苦手科目の復習、家族との時間、いろいろあります。SNSばっかり見てないで、自分のために時間を使ってください」。
うちの担任、悪い人じゃない。誕生日に名前覚えててくれるし、3月の進路相談のとき、俺がぐだぐだ迷ってる話をちゃんと最後まで聞いてくれた。だから今の言葉も、たぶん本気で言ってる。
でも、なんか引っかかった。
「有意義」の条件=何かをしている
「有意義じゃない」=何もしていない、寝てる、スマホ
つまり=動いてないと意味がない
休みなのに。
担任が紙を配った。プリント3枚。
「任意」って書いてあるけど、書いた人は内申に加点、ってちっちゃい字で添えてある。任意じゃないじゃん。
でも問題はそこじゃない。
5連休が、紙3枚で定義された。
数学を解いた時間、本を読んだ時間、進路を考えた時間。それだけが「有意義」になる。マンガを読んだ時間、寝てた時間、コンビニに行った時間は、紙に書けない。だから「有意義じゃない」になる。
休みの中身を、紙が決めてる。
放課後、サカモトからLINE来た。
サカモト:「うちの母も同じこと言うんだよね。『有意義に過ごしなさい』って」
俺:「担任とまったく同じ言葉?」
サカモト:「うん。句読点まで一致してた気がする」
笑った。でもよく考えると笑えない。
担任と母親が同じ言葉を使ってる。違う場所で、違う立場で、違う相手に向かって、同じことを言ってる。「有意義」っていう4文字が、教師と親の両方から飛んでくる。
サカモトの母は、#6で書いた俺の母と似てる。「あなたのため」って言うタイプ。今回は「有意義」。ソノダさんが前に言ってた「着替え」ってやつ、たぶんこれもそれだ。「有意義」も「あなたのため」と仲間っぽい。
俺:「『有意義』って便利な言葉すぎん?」
サカモト:「便利すぎ。あとさ、大人が休みのときに使う唯一の褒め言葉じゃね、これ」
俺:「あー」
サカモト:「平日は『頑張ってる』とか『えらい』とかあるけど、休みになると急に『有意義』しか出てこなくなる」
言われてみたら確かにそうだ。「有意義な勉強」「有意義な部活」「有意義な友達関係」。全部成立する。「有意義じゃない友達関係」とは誰も言わない。言われた友達はキレるから。
でも休みには平気で「有意義じゃない」を貼れる。なんで休みだけ。
家に帰って、インスタを開いた。
連休、まだ始まってもないのに、もう動き出してる。「明日からGW!」「沖縄行ってきます」「初日からディズニー」。ストーリーが流れてくる。
これも「有意義」だ。たぶん。
担任の言う「有意義」と、インスタの「有意義」、ちょっと違うけど、根っこが同じ気がする。
担任の有意義=勉強、読書、家族
インスタの有意義=旅行、外食、映え
共通点=誰かに見せられること
担任の「有意義」は、連休明けに「いい休みでしたか」って聞かれたときに答えられること。インスタの「有意義」は、ストーリーに上げられること。報告先が違うだけで、構造は同じだ。
「自分のための時間」って言うけど、結局、誰かに見せるための時間になってる。
5連休が、報告会の準備期間になる。
サカモトに送った。
俺:「俺、今回の連休、有意義じゃない過ごし方やってみる」
サカモト:「は?」
俺:「マンガ読む、寝る、コンビニ行く。それだけ」
サカモト:「それただのダメ人間じゃん」
俺:「いやだから、有意義じゃないやつをわざとやる」
サカモト:「ガチで何もしないの? ちょっと勉強もしないの?」
俺:「数学はやる。提出だし。でもそれ以外は、有意義じゃないことだけする」
たぶん「有意義じゃない過ごし方」を堂々と宣言したのは、人生で初めてだった。
サカモトはそれを「ダメ」って言ったけど、俺はちょっと違う気がしてた。ダメじゃなくて、ふつう。寝るのも、マンガも、コンビニも、ふつうの休みの中身だ。それを「有意義じゃない」って呼んできたのは、向こうだ。
こっちは別に「カスみたいな5連休」を選んでるんじゃない。「有意義」と「有意義じゃない」の二択を、まず疑ってる。
26日、土曜。寝た。昼まで。
27日、日曜。マンガ読んだ。新しく買ったやつじゃなくて、棚から適当に取った10年前のやつ。
28日、月曜。コンビニ2回行った。
1回目、アイス買った。ソーダ味。ふつう。
2回目、何も買うつもりなかった。雑誌コーナーの前で立ち止まって、適当に車の雑誌をめくった。読みたかったわけじゃない。たまたま手前にあったから。レジの方からピッ、ピッ、ってバーコードの音だけが聞こえてた。10分くらいいた。雑誌を戻して、何も買わずに出口に向かった。
レジの店員さん——たぶん大学生くらいの女の人——が、出ていく俺に「ありがとうございました」って言った。何も買ってないのに。
俺、軽く会釈した。それで店を出た。
29日、火曜。数学の問題集をやった。8ページ進んだ。20ページのうちの8ページ。残り12ページ、たぶん月曜の朝にやる。
30日、水曜。ベッドの上で、天井を見てた。たぶん30分くらい。なんか考えてたような気がするけど、何を考えてたか覚えてない。
5月1日、木曜。これも寝た。
2日、金曜。残りの数学をやった。間に合った。たぶん。
インスタには何も上げなかった。サカモトに進捗報告もしなかった。母親にも何も言わなかった。
誰にも報告しない5連休。
5月7日、火曜。学校。
朝のホームルームで、担任が言った。
「みなさん、いい休みでしたか」
何人かが「楽しかったでーす」って言った。誰かが「ディズニー行きました」って言って、教室が少しざわついた。
担任が俺の方を見た。「タケウチは? 有意義に過ごせた?」
担任が俺を名指したのは、たぶん、3月の進路相談で俺が「やりたいことが特になくて」とぐだぐだ言ったのを覚えてるからだと思う。心配してくれてる。それは本当だと思う。
俺、ちょっと考えて、答えた。
「ふつうでした」
担任は「そっか」って言って、別の生徒に行った。それで終わった。
「有意義」とも「有意義じゃない」とも言わなかった。ふつう、と言った。
「ふつう」って、答えになってないようで、なんか、いちばん近かった気がする。
5連休のあいだに、覚えてることが一つある。
28日のコンビニ。雑誌を立ち読みして、何も買わずに出たやつ。何も買ってないのに「ありがとうございました」って言ってくれた、あれ。
レシートも出てない。ストーリーにも上げてない。担任に報告できることでもない。「有意義」の定義のどこにも入らない、3秒のやりとり。
でも俺は、それを覚えてる。
連休課題の数学20ページのうち、どの問題を解いたかは、もう半分くらい忘れた。でもあのコンビニの会釈は、なぜか、わりとくっきり残ってる。
有意義に分類できないものが、
いちばん残る。
「ふつうでした」って答えたあのとき、頭にあったのはたぶん、あの会釈だったと思う。それを担任に説明する気はなかった。説明したら、たぶんこぼれる。#8でスローガンを剥がしたときと、同じ感じだ。言葉にした瞬間に、何かが抜ける。
だから、「ふつうでした」で止めた。
……って思いながら、こうやって日記に書いてる時点でダメじゃん、ってまた思った。まあいい。日記はいい。
たぶん。