タケウチソウタ
文化祭当日。朝、教室に入ったら壁に貼ってあった。模造紙にマジックで書かれた、あのスローガン。
俺が提案したやつ。
誇らしかった。一瞬。そのあとすぐ恥ずかしくなった。
うちのクラスの出し物はたこ焼き屋。教室の前半分にテーブル並べて、後ろ半分で焼く。煙がすごい。換気扇なんかないから窓全開。廊下から「いい匂い」って声が聞こえる。
で、入り口の横の壁に、あのスローガンが貼ってある。
俺が言い出した「盛らない」やつ。あの45分で決まったやつ。
通りかかる人がチラッと見る。見て、ちょっと笑う人もいる。ちょっと首を傾げる人もいる。「輝け☆青春」だったら誰も立ち止まらなかっただろう。それが良いのか悪いのかわかんないけど、少なくとも読まれてはいる。
読まれてるのを見てると、なんか落ち着かない。自分の言葉が壁に貼ってあるって、こういう感じなのか。
午後。たこ焼きを焼く担当の交代時間に、廊下に出た。
サカモトが通りかかった。
学級委員長のサカモトさん。スローガン会議のとき、「盛らないってことは、テンション低いってこと?」って聞いてきた人。ちゃんとしてる人。
目が合った。
「よ」
俺が言った。「よ」って。
何だよ「よ」って。挨拶のつもりか。もっと何か言えよ俺。「お疲れ」とか「どう、楽しい?」とか、いくらでもあるだろ。なんで「よ」なんだよ。
サカモトは「よ」って返して、そのまま行った。
二文字の会話。情報量ゼロ。テンション:不明。意味:なし。
でもなんか、胸のあたりがざわざわした。
結局たこ焼きは212個売れた。300には届かなかった。まあ目標じゃなくてスローガンの没案だったけど。
カドが「212個って中途半端だな」って言った。ヤマモトが「来年は300いくだろ」って言った。来年もたこ焼きやるのかよ。決まってないだろ。
片付け。油まみれのホットプレートを洗う。模造紙のスローガンを壁からはがす。
はがすとき、ちょっとだけ惜しかった。一日だけの言葉。朝貼って、夕方はがす。そういうものか。
打ち上げ。近くのファミレス。クラスの大半が来てた。
席はなんとなく決まった。いつもの流れで。俺はいつもの連中のそばに座ろうとした。
なぜかサカモトが隣にいた。
偶然。たぶん偶然。席が空いてたからそこに座っただけ。それ以外に理由はない。ないと思う。
何を話したかは覚えていない。たぶんたこ焼きの話とか、隣のクラスのお化け屋敷がヤバかったとか、そういう。覚えてない。ほんとに覚えてない。
覚えているのは一つだけ。
「楽しかったね」
サカモトが言った。帰り際。立ち上がりながら。俺のほうを見て。
「うん」
俺が返した。
それだけ。「楽しかったね」「うん」。二文字じゃないけど短い。
でも「よ」よりはマシだった。少なくとも「楽しかった」という情報が入ってる。盛ってない。嘘もない。ただの事実。楽しかった。うん。
帰り道、ソノダさんに何か報告しようと思った。
いつもなら「こんな言葉見つけました」とか「これ盛ってません?」とか、ネタがある。言葉の嘘くささを見つけるのが、いつの間にか癖になってた。
でも今日は何もない。
スローガンは壁に貼ってあった。読まれてた。はがされた。たこ焼きは212個売れた。サカモトが「よ」って言った。「楽しかったね」って言った。俺は「うん」って返した。
どれもソノダさんに送るようなネタじゃない。分析できない。修辞技法もない。盛ってもいないし、嘘くさくもない。ただの一日。
ネタにならないことが、いちばんいい一日だったのかもしれない。
盛らない言葉を作ろうとした。盛らないスローガンを壁に貼った。で、盛らない一日が過ぎた。「楽しかったね」「うん」。それだけの一日。
たぶんこれでいいんだと思う。分析しなくていい日もある。言葉の裏を読まなくていい日もある。
LINEは開いたけど、結局何も送らなかった。