櫛歯の、音
弟子入りの年、欠けた音の場所を耳が先に見つけるまで

タテイシリン(33歳・オルゴール修理職人11年)

オルゴールを直す仕事を十一年続けている。作業台の上にはいつも、櫛歯を削るための細いヤスリと、倒れたピンを起こす針が並んでいる。ヤスリは音程を、針はタイミングを直す。どちらを先に手に取るかで、その日の修理の半分が決まる。この順番を体で覚えるのに、ずいぶんかかったように思う。

オルゴールという機械は、二つの部品が出会って初めて音になる。シリンダーという筒に、小さなピンが楽譜のとおりに植わっている。その筒が回ると、ピンが櫛のように並んだ金属の歯――櫛歯を、順番に弾いていく。歯の長さが音の高さを決め、ピンの位置が鳴る瞬間を決める。どちらが欠けても、曲は曲でなくなる。

弟子入りしたのは二〇一五年、二十二歳の秋だった。工房の窓からは柔らかな西日が差し込んで、古い木と金属油の匂いが静かに満ちていた。師匠の作業台には、持ち主から預かったアンティークのオルゴールがいくつも、出番を待つように並んでいたと思う。

初日、私は分解の手順から教わるものだと思っていた。ところが師匠は、依頼品の一つを私の前に置いて、こう言った。「直す前に、まず鳴らせるところまで聴け。どこが死んでるかは耳が先に見つける」。楽譜はない。何の曲かも知らされない。ただゼンマイを巻いて、回し、耳をすませる。それが最初の仕事だった。

巻いて、放す。シリンダーが回り出す。曲が流れ――途中で、ぽつ、と一音が抜けた。その穴は、音が鳴らないという形でだけ存在していた。鳴っている音の列の中に、鳴らない場所が一つある。私は何度も巻き直して、抜ける位置を耳で探した。三度目で、確信した。ここだ。あとで歯を見ると、櫛歯の一本が根元から折れていた。耳が、目より先にその欠落を見つけていたのだと思う。

折れた歯は、継ぐか、作るかを選ぶことになる。継げば早いが、継ぎ目が音を濁す。作れば手間だが、澄む。師匠は迷わず作ると決めた。新しい歯を荒く成形し、あとは音程をヤスリで合わせていく。削るほど音は高くなる。一往復削っては弾き、また削っては弾く。基準の音叉と重ねて、唸りが消えるまで。削りすぎれば戻せない。引き返せない作業というのは、こういうものなのだろう。

歯が決まると、今度はシリンダーのピンだった。長い年月のあいだに、何本かが倒れて寝ていた。倒れたピンは、隣の歯を巻き込んで鳴らしたり、まるで鳴らさなかったりする。針の先を倒れたピンの根元にあてがい、息を止めて、起こす。一本の角度が、一つの音符の生き死にだった。シリンダーの端では、調速機の小さな羽根が回っていた。あの風切り羽根が空気を切る抵抗で、曲のテンポが決まる。速すぎれば羽根を開き、遅すぎれば閉じる。機構そのものが、時間の番をしていた。

この一台がどこから来たのか、師匠が来歴を教えてくれた。「祖母の家で鳴っていた」。依頼主はそう言ったらしい。子どもの頃、祖母の家で確かに聴いた音色を、もう一度。来歴とは、その人の記憶の中で鳴り続けている曲のことなのかもしれない、と思った。私たちが直しているのは機械だが、相手が取り戻したいのは、たぶん時間のほうなのだ。

すべての歯とピンを整え、最後にもう一度ゼンマイを巻いた。回り出したシリンダーから、抜けていた一音が、今度は当たり前のように鳴った。百年前に作られた音色が、いま、欠けることなく流れていく。私はそれを感傷ではなく、ただ技術の結果として聴こうとした――けれど、時を越えて届く音色というのは、やはり胸を打つものがある。あの一日が、私をいまの私にしてくれた。あれから十一年、私は欠けた音の場所を聴き分ける、観察者になった。作業台のヤスリと針は、今日も静かに並んでいる。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。