新しい、シリンダー(第二稿)
修理屋がはじめて作る側にまわる――オーダーメイドのオルゴール製作をめぐって

タテイシリン(33歳・オルゴール修理職人11年)

十一年、止まった音楽を直してきた。直すとは、もとあった音をもとの場所に戻すことだ。去年から、作ってほしいという依頼が来るようになった。最初の一台で、私はサビの頭の三音を間引きすぎて、客が口ずさんだメロディーの山をまるごと平らにしてしまった。直すときは欠けた音を耳が先に見つけたのに、作るときは、何を欠けさせるかを自分で決めねばならなかった。

注文は、曲から始まる。先月の客は「祖母が台所で口ずさんでいた曲を」と言った。私がまず確かめたのは、メロディーではなく、その曲が誰のものか、だ。作曲者が亡くなって一定の年数が経っていなければ、勝手に金属に植えることはできない。著作権。客の声がまだ湿っているうちに、私は年号を調べる。多くの人は、自分の大切な曲がまだ誰かの権利の中にあることを、その場ではじめて知る。

権利が空いていても、そのままは植えられない。櫛歯の数が、弾ける音の範囲を決める。十八弁、二十二弁、三十弁。弁の数だけしか音域がなく、半音が足りないこともある。原曲の和音から、櫛歯で鳴らせる音だけを拾い、鳴らせない音を捨てる。間引く、という作業だ。どの音を残し、どの音を消すか――ここがいちばん神経を使う。消した音のぶん曲は痩せるが、痩せたなりに芯が残るように選ぶ。

編曲が決まると、それをピンの座標に変換する。シリンダーの円周が時間軸、長さ方向が音の高さ。一つの音符が、筒の上の一点になる。その点に、髪より細いピンを一本立てる。四分音符も十六分音符も、立つピンは同じ一本だ。長さは、打ち込む位置の間隔で表す。一曲ぶんの楽譜が、数百本のピンの座標の表になる。

表どおりに、ピンを打っていく。一本打っては送り、また一本打つ。途中で一本ぶん座標を読み違えれば、その音は半拍ずれて鳴る。打ち終えるまで、曲は鳴らない。ピンの林を見ても、私の耳にはまだ何も聞こえない。座標の正しさだけを信じて、打つ。修理のときは、欠けた音を耳が先に見つけた。作るときは、耳より先に、数字がある。

すべてのピンが立つと、はじめて巻いて、放す。設計した曲が、生まれてはじめて箱の中で鳴る。祖母の曲のときは、サビの頭で和音にすべき三音が、一本ずつバラけて順に鳴った。和音のつもりで打った三本のピンが、シリンダー上で近すぎて、星のように一斉に弾けず、ぱら、ぱら、ぱらと割れた。私は編曲表に戻り、三本の間隔を半コマずつ広げて打ち直した。次に巻くと、三音は一度に鳴った。試聴と打ち替えの往復は、たいてい四度や五度ではきかない。

音が決まると、箱を選ぶ。同じムーブメントでも、載せる木でまるで音色が変わる。桐は柔らかく、メープルは硬く澄み、ウォルナットは低いところが豊かに鳴る。箱は容れ物ではなく、共鳴体だ。私は試聴用のムーブメントを、何種類かの箱に順に置いて鳴らす。祖母の曲は、桐では眠く、メープルでは硬すぎ、ウォルナットの一台に置いたとき、低い余韻だけがすっと伸びた。木目の向きを変え、もう一度鳴らして、それに決めた。

納めるとき、曲名と、いつ渡すかだけを確かめる。なぜその曲なのか、誰のためなのかは、訊かない。祖母の曲の客は、受け取って、巻いて、放した。三音が一度に鳴る、その一拍のところで、客の指がゼンマイの鍵から離れた。私は領収書を書いていた。間引きの判断も、ピンの座標も、箱の共鳴も、ぜんぶ修理で覚えたものだ。百年前の職人が筒に残した設計を、私は数えきれないほど直すうちに手が覚えていて、いまそれを、この一台に貸している。客が箱を閉める音がした。鳴ればいい。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。第一稿への辛口レビューを経て書き直した第二稿です。