歯車の、隣人
ゼンマイを巻く者は、町に二人いれば多いほうだ

タテイシリン(33歳・オルゴール修理職人11年)

古い機械ものを直す者は、町に多くない。部品の出どころも、工具の癖も、自分一人で抱えているうちは気づかないが、同業が一人いるだけで世界の風通しが変わる。半年前、よく行く道具屋の主人が「同じようなのを直してる人がいる」と、一枚の名刺をくれた。時計の修理屋だった。そういう縁の結ばれ方は、どこかで聞いたような話なのかもしれない。

訪ねた先が、アシヤノゾミさんの店だった。機械式時計の修理技能士で、歯車とゼンマイを直して十一年だという。私と同い年の、三十三歳。扱う機械は違うのに、出てくる単語の半分が同じで、最初の十分でもう、敬語が抜けていた。古いものを直す者同士は、すぐに分かり合えるものだ。

アシヤさんの作業台を見て、私は足を止めた。キズミ――片眼にあてるルーペが、倍率の違うものが三つ、布の上に伏せて並んでいた。その隣に、ピンセットが先の細さの順に列をなしている。自分の工房の、針とヤスリの並びとまったく同じ思想だった。手に取る順番を、迷わないために並べてある。道具の置き方は、その人の手順そのものだ。

ゼンマイの話になった。時計のゼンマイは香箱という丸い箱に巻き込まれていて、ほどける力が歯車の列を回す。オルゴールのゼンマイも、やっていることは同じで、ほどける力がシリンダーを回す。同じ部品が、片方では針を進め、片方では曲を流す。動力という一点だけ取り出せば、時計とオルゴールは双子のようなものだ。

違うのは、その力をどう「整える」かだった。時計はテンプという小さな車輪が、ヒゲゼンマイの力で行ったり来たり振動して、一秒を刻む。オルゴールにはテンプがない。代わりに、シリンダーの端で調速機の羽根が回り、空気を切る抵抗でテンポを決める。アシヤさんが言った。「うちは振動で時間を計る。そっちは空気抵抗で速さを整える」。時間を計る機構と、速度を整える機構。似て非なる、と言ってしまえばそれまでだが、私は妙に腑に落ちた。

部品の融通も始まった。先月、近くの時計店が一軒、廃業した。アシヤさんがその出物を引き取り、使えそうな小さな歯車を一掴み、私に回してくれた。オルゴールの調速機にも、規格の合う歯車がたまにある。使えるものは、店をまたいで行き来する。誰かがやめた店の部品が、別の機械の中で回り続けるというのは、考えてみれば不思議な縁なのかもしれない。

帰り際、ふと年数の話になった。アシヤさんも十一年目。私も十一年目。同じ二〇一五年に、別の機械に手を入れ始めて、別の道具を並べて、同じだけの年月を使ってきた。片方は時間を計る機械に、片方は時間を流す機械に。それだけのことだが、口に出すと、二人とも少し黙った。

作業台の上で、修理途中の置時計が、調整のために短い時報を鳴らした。その隣で、私が預かってきたオルゴールが、試運転の曲を流していた。時報とオルゴールが、同じ部屋で、別々の理由で鳴っていた。どちらもゼンマイがほどけて鳴っている音だった。

古い機械を直す者は少ない。だから、同じ年月を別の機械に使ってきた隣人と出会えたことは、僥倖だったのだと思う。歯車を分け合い、ゼンマイを語り合えるもう一人が、町にいる。私たちはそれぞれの作業台で、別の時間を直しながら、同じ年月の隣人だったのだ。

——補記:この第一稿は辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。第一稿・レビュー・第二稿を並置して、改稿の過程を記録しています。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。